第24話:約束と連絡先

「いいよ」


「え?」


「だから別にいいよ」


「もう一度」


「だからいいってば!」


「わんもあたいむ!」


「しつこい!」


「ぐぇ!」


 俺は今、朝香に叩かれて幸せを感じている。あれ? これじゃあ、まるで変態じゃないか。そんなことないぞ、健全な男子高校生なら美少女に叩かれただけで、昇天するものだ。


 なぜ朝香とこんなやりとりをしているかというと、朝香の熱が下がって、学校へきた時、改めてお礼を言われたのだ。

 何か、お礼がしたいということで一度は断ったのだが、どうしても、と頑固に引き下がらないのでダメ元でゴールデンウィークにデートを誘った。


 多分、「無理、キモい」とくると予想していたのだが、まさかのOKに何回も聞き直してしまった。


 しかし、どういう心境の変化だろうか? やはり、風邪の時に献身的に看病したのが良かったのか?


「それで、ゴールデンウィークのいつがいいの?」


「三日! 三日で!!」


 俺は食い気味に答えた。


「え、ええ。別に構わないわ……って近い!! 離れて!!」


「ぐぇ!」


「いい!? これはただの看病のお礼だから。勘違いしないで。それに調子に乗らないで! そうでなかったら、誰がアンタと……じゃあ、お昼休み終わるから!」


 朝香は冷たくそう言い放ち、空き教室から出ていってしまった。


 あるぇ!? おかしいぞ? デレはおろか、なんだか、ツンの要素が強くなっていませんか?

 普通、あんな献身的な看病をすれば、「光樹くん、好きっ!!」ってなるはずじゃあ、ありませんか?


 こんなにツンの強い朝香はなんだか新鮮である。まぁ、それも一興。楽しませてもらおう。


「楽しみだな」


 朝香がいなくなった教室で小さくこぼす。


 五月三日。きっと朝香は知らない。知る由もない。

 俺たちが付き合った日。そして、後に入籍した日。


 そんな日に、愛すべき人と過ごすことができることに喜びを感じずにはいられなかった。

 そして一つの決心をした。もう一度、ちゃんと朝香に告白しようと。たとえフラれることになったとしてもこの日だけは外したくはなかった。



 ◆


 朝香と約束をしてから教室に戻った俺は、とあることに気づく。


「俺、朝香の連絡先知らねぇじゃん……」


 いやはや、大事なことを忘れていたよ。だが、落ち着け。まだ約束の日にちには一週間もある。この間に何としても彼女の連絡先を手に入れるのだ。あれ? その前によくよく考えたら、俺クラスメイトの連絡先あまり知らない。


 いや、まあ、まだ入学したばっかりだからな。知らなくても当然だな。きっとみんなも知るまい。


「どうしたの、相沢くん。携帯をずっと握りしめて? 故障?」


「ん? ああ。そういえば、俺、クラスの人の連絡先あまり知らないなと思ってな。みんなもまだ交換とかしてないのかな?」


「え、えっと……」


 柳さんが気まずそうな顔をする。ん? これは……まさか?


「あ……悪い、お前グループに招待するの忘れてたわ。というか、まだ俺とも連絡先交換してないよな。お前が最後の一人だな」


 カズさんが答える。

 つまり、何か? このクラスの連中は俺を除いてグループを作ってワイワイキャッキャやっていたというのか!? 酷いぞ!?


「え、ええっと、ごめんね。相沢くん。忘れてたわけじゃなくて、何回も聞こうと思ったんだけど……」


「お前が堂本さんに夢中になりすぎる余り、聞く機会を失っていたというわけだ」


 なるほど。心当たりがありすぎる。基本的に休み時間も昼休みも放課後も考えて見れば、朝香、朝香、朝香のことしか考えてなかった気がする。

 振り返ってみれば、俺はこのクラスでも変人扱いされている気がしてならない。


「だから、今交換しない?」


「お? おお……」


 柳さんが唐突に声を上げたことに驚く。


 ピロリン。

 電子音と共に連絡先を交換することに成功した。

 柳さんがその横でなぜかガッツポーズをしていた。


『一年五組に招待されました』


 そして俺にグループの招待が送られる。なんだか、一番最後に入るのって緊張するんだよなぁ。まぁ、ずっとハブられているよりかは、いいか。


 俺は意を決して、グループに参加する。

 すると、『相沢光樹がグループに参加しました』の文字がチャット内に表示された。


『プロ男きた』

『プロ男(笑)』

『女子、気をつけて! プロポーズされるよ!!』

『いやん』

『お前、男やん』


 すぐにチャットが動き出す。クラスにいながらにして動くことに軽く驚く。そして俺のクラスでの扱いについてなんとなくわかってしまった。悲しい。クソッタレ。


 ピコン。


「ん?」


 それとは別で俺のLINEに通知が届く。中を開いてみると、相手は柳さん。


 そこには可愛いハムスターがハートを抱えているようなスタンプが送られていた。ナニコレ、カワイイ。


 俺は、横の柳さんを見ると、少し恥ずかしそうに微笑んでいた。

 そんな俺と柳さんを前に座る、カズさんがニヤニヤと見ていた。何だ、何か用か、オラ?


 ◆



 放課後。

 俺は、朝香の元へ連絡先を聞きに行くことにした。

 明日でもいいが、善は急げってな。明日に回す理由もないので聞きにいった。


「失礼します! あ、朝香!」


「こら! 何しにきた!」


 教室に入ったところで、朝香と談笑していた鈴木が朝香の前に立ちはだかる。くそ、また騎士スタイルか。邪魔な奴め!!


「退き給え、私は朝香くんに用があるのだ。貴様は早く、部活に行くがいい」


「き、貴様!? なに、そのキャラ!? あんたこそ、何しにきたの。変態」


「変態とは聞き捨てならない。いつ、俺が、どこで変態なことをしたというんだ!?」


「だって、この前、聞いた時、変に固まってたじゃない!」


「ちょ、ちょっと待って、杏奈。何の話をしてるの!?」


 そこに後ろで話を聞いていた朝香が間を割ってきた。


「朝香! この前、こいつがお見舞いにきた時、何か変なことされなかった!?」


「えっ、え!? 変なことって」


「こいつ、なんか朝香が苦しそうにして、寝ている顔見てニヤニヤしていたらしいよ。変態よ」


「待て待て待て待て。誤解が過ぎる!!」


 確かに寝顔は堪能させてもらったが、苦しむ顔見てニヤニヤするなんて悪趣味なことはした覚えはない。


「俺はただ、寝顔を観察していただけだ」


「なっ!?」


 朝香が絶句する。あれ? これ言っちゃいけなかったか?


「わ、忘れなさい!!」


 ポカポカ。朝香が可愛らしい効果音が出そうな感じで叩く。


「いたた、朝香。ちょっやめ……そ、それより、連絡先! 連絡先を交換しよう!」


「えっ? 連絡先!? な、なんで私がアンタと……」


「いや、今度出かけるんだろ? ないと不便だろ?」


「で、出かける?」


 俺の言葉に鈴木が反応する。


「わーわーわー!!!! なんでもない、なんでもない!! 連絡先でしょ! は、早く交換するわよ!」


「怪しい……」


 慌てて俺のスマホをぶん取った朝香は連絡先を追加する。その様子を間近でみる、鈴木が何か訝しげにこちらを見ていた。


「はい、これでいいでしょ? もう終わったら行って!」


 なんだか、冷たいよ朝香。もうちょっと暖かいのを所望。


「ふーん……? 相沢、私にも貸して」


「ん? いいけど? ほい」


 鈴木は俺からスマホを受け取ると、さらさらと流れるように操作を行った。


「はい、私の連絡先も入れといたから」


「何で!?」


「いいでしょ、別に! 朝香に何かあったら連絡取れないじゃない!」


 まぁ、それもそうか。何だか納得してしまった。あれ? もしかして、俺ってば、鈴木に認めてもらえた? やっほい!


「じゃ、これで用は終わりね。はい、さようならー」


「ぬっ!?」


 俺はそのまま、一組の教室を鈴木から追い出された後、自宅への帰路についた。


 帰りに試しに朝香に、できるだけ可愛らしいスタンプを送ってみた。

 しかし、既読無視だった。悲しい。

 ついでに、鈴木に送って見たら意外なことにすぐに返ってきた。

 それは、クマのぬいぐるみの首がチョンパされているスタンプだった。こえーよ。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る