第16話 取引
翌朝、ラルゼはいつものように郵便社を訪れていた。まだ開いていない郵便社の前には、いつものメンバーが顔をそろえている。
おしゃべりのレイが、フィルニ向かってずっと話を続けているが、フィルが何かを返す様子はない。その隣でアスティールが大きく欠伸をした。
「アス、お前いつも眠そうだな」
「僕はいつでも寝不足なのさ」
アスの口からまた欠伸がもれる。一番年上のダンは郵便社の前に突っ立って、威嚇するように扉を睨んでいる。ラルゼはその肩をそっと叩いた。
「扉睨んでどうすんだよ」
ダンはのっそりとラルゼを振り返って、眉間の皺を揉み解す。
「わるい。睨んでるつもりはなかった」
ゆっくりとしたテンポでダンが言葉を吐きだす。小さく笑ってからラルゼは口を開いた。
「緊張すると目つきが悪くなる癖どうにかしねえと、また首になるな」
「がんばろうと思うと力がはいる」
「ダン兄ちゃんはいっつも怖い顔してるよね!」
プラーピが飛び跳ねながら、会話に参加する。
「跳ねながら喋ると舌噛むぞ、プピー」
プラーピは「はあい!」と元気に返事をしたものの、まだ飛び跳ねていた。ラルゼは笑いを含んだため息を吐き出して、冷たい空気を吸い込む。ベラが大好きな空は、今日も青くて、なんだか腹立たしい。空を睨みつけるラルゼの肩を、誰かが叩いた。
「やあ、こんにちは」
低い知らない男の声。ラルゼは男から離れようと体に力を入れたが、彼が動くよりも先に首筋にナイフが当てられる。ダンたちもそれぞれ武器──錆びた果物ナイフやガラスの欠片を棒に巻き付けたお手製の槍──に手を伸ばした。が、男は何の緊張もない声で、ゆったりと言葉を続ける。
「話がしたいんだ。出来れば穏便にね。ここは目立つから場所を変えようか。人目につかない物陰に案内してくれると嬉しいんだけど、いいかな?」
「穏便に済ませようと思ってる奴がナイフ出すかよ」
「逃げられたくなかったんだ。話し合いの意志を確認出来たら、すぐに仕舞うつもりだよ」
「同意したら、の間違いだろ。嘘言ってんじゃねえよ」
言葉を返しながら、ラルゼは必死に記憶を漁っていた。どこかで聞いたことのある声だった。それほど昔ではない。どこか、どこか、どこか。
『僕らの完敗だ。潔くあきらめよう』
ラルゼの頭に閃光が走る。昨日「猫背で茶髪の男」を探し回っていたあの男だ。そう気が付いたラルゼは、自分の浅はかさを呪った。
(クソ。例の盗品はさばいちまった後だぞ。やっぱり二、三日はこもってるべきだったか。いや、でも一日でも働かなきゃ信用が落ちる。クソ。場所もわりぃ。クソ)
唇を噛んで、どうにかこの状況を打開する術を探す。
「嘘を吐いたつもりはないけど。とにかく移動しようか。ここの店主に面倒事を抱えていると気が付かれたくないでしょ?」
笑っているような声をきいてラルゼは完全に体から力を抜く。
「ドリストの裏ならこの時間は誰も来ねえ」
レイが驚いたように目を見開いた。
「言う通りにする気なの? 意味わかんない男だよ? ボクらでぼこぼこにしちゃえばいいじゃん」
「ここで騒動を起こせば郵便社で働けなくなるだろ」
レイは唇を尖らせながらも、さび付いた果物ナイフから手を引いた。ダンやフィルもそれぞれ持っていた武器から手を離す。
「じゃあ、行こうか」
男の声だけが妙に平坦で、その冷静さがラルゼの焦らせる。どうにかしなくては、と思考を巡らせながら、ラルゼはドリスト酒場までの道を進んでいく。
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