第37話 潜入
ディアの髪を乾かしてから公共馬車に乗り込み、チーニとディアは東三番地に来ていた。二人は近くに住む職人階級の子供の振りをしながら、そっと辺りの家に視線を向けた。
来る前に図書室で確認してきた家の位置を頭の中でなぞりながら、チーニはディアに笑いかける。
「あそこでご飯食べようか」
「そうだな」
近くのベンチに座って、さっき買ったばかりのサンドウィッチの包みを広げた。
「あそこだな」
斜め前の家を視線で示して、ディアが囁く。チーニは小さく頷いて、フレール家を視界の端で観察した。
「昼間なのにカーテンが全部閉まってる」
「隠したいものがありますって自己紹介だろ」
「近づいてみようか」
「ああ」
二人はサンドウィッチをまた包みなおして、ベンチから腰を上げる。ディアは短剣を手の内側に仕込み、チーニは握り拳の中にニフの毒薬を隠す。殺気を隠して、チーニたちはゆったりと歩く貴族たちの間を通り抜ける。家をぐるりと一周してみても、空いているカーテンはない。
「これは黒かな」
「見張りが居ないのは気になるけど、警ら隊を警戒してるって考えれば、納得もいくしな」
ディアの言葉に頷き、チーニは手の中の毒薬を握りしめた。
「乗り込むか?」
「うん。そうだね」
それぞれに武器を握った二人は、裏口に回った。チーニが南京錠をこじ開け、そっと扉を開いて中に入る。入ってすぐの部屋は厨房らしく、鍋や包丁が整頓された状態で置かれていた。壁にそって進みながら、厨房と他の部屋を繋ぐドアを、ディアが外側に開く。
「なんだあ? 風か?」
ドアの外にいた見張りが厨房の中に完全に入ったタイミングでディアが飛び掛かり、首に腕を回す。そのまま頸椎を締め上げ、意識を奪う。完全に気絶した見張りを床に寝かせ、チーニの持ってきたロープで拘束する。
「潜入はとりあえず成功だな」
「そうだね」
チーニはディアの言葉に頷きながら、男の体を探って、出て来た武器を裏口から外に捨てた。
「進むぞ」
「うん」
厨房を出ると、右手に細長い廊下が、正面にドアが一つあった。廊下の方から話声がして、チーニとディアは息をひそめる。
「今、何か物音がしなかったか?」
「お前ビビりすぎだろ、警ら隊だってこの家にはたどり着けないさ」
震えた高めの声と、野太く低い声。声も、気配も二人分。チーニはディアと視線を合わせ、二人同時に廊下に飛び出した。刹那の間に、二人は見張り役の男を床に沈める。長く暗い廊下を抜けると、玄関ホールに出た。そこには見張りどころか、人の姿もなく、チーニたちは更に屋敷の奥に進む。
と、ホールの右側にある廊下から低い声が響いてきた。
「見張り三人を瞬殺。お見事って誉めてやろうか?」
喋りながら、ホールに出て来たのは顔に大きな傷のある男だった。背が高く、服の上からでも盛り上がって見えるほどの筋肉。チーニは手の中で毒薬を滑らせる。床に叩きつけようとしたチーニを制して、ディアはまっすぐに男を睨みつけた。
「合図したら右奥の廊下まで走れ」
「一人で戦う気?」
「大丈夫。死なないって約束する」
ほとんど唇を動かさずに言葉を交わし、チーニは小さく頷く。毒薬をポケットに仕舞い、短剣を握って、体から余分な力を抜いた。
「いい構えをするじゃあねえか」
男は上機嫌な様子で上唇をなめ、上着を脱ぎ棄てる。チーニとディアは視線を交わし、ほとんど同時に男に迫った。僅かに早く男に到達したチーニの短剣が、男の脇腹を裂く。
男は体をひねって、その剣を避ける。そのままチーニの頭上をめがけて、肘を振り下ろす。が、一瞬早くチーニは男の脇を駆け抜け、奥の廊下へと走る。
「なっ!!」
声を上げた男の額にディアの拳が命中する。壁際まで吹き飛ばされた男は、額から流れる血を拭って、高く笑った。
「貴族の護衛なんて退屈な仕事だと思ったが、なかなかおもしれえ仕事じゃねえか!」
チーニは背後から聞こえてくる戦闘音に奥歯を強く噛んで、目の前の扉を蹴破った。
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