第4話 殺されなかった悪魔の子

 警ら隊にサザンカを引き渡したチーニとレナは、公共馬車に乗って王都を目指していた。個人用の物よりもかなり広い車内に、二人以外の人影はない。端の方の席に隣り合って座りながら、レナは口を開いた。


「馬車空いてて良かったですね」

「王都行きはだいたい空いてるよ。王都に出入りできるような身分の人間は大抵自分用の馬車を持ってるからね」


 普段と同じようなトーンで言葉が返ってくるが、チーニの表情はどこか暗い。レナは何を言ったら正解なのか分からずに、口を噤んで視線を落とす。


「ディアルム・エルガーは、白髪に赤い目をもって生まれたんだ」

「白髪に赤い目……!?」


 レナは驚いて視線を上げた。チーニはゆっくりとした動作で頷き、窓の外に顔を向けながら、言葉を続ける。


「そう。悪魔の血を引く子チャピー・ドゥ・ディビル──ディアはお伽噺の悪魔と同じ色彩を持つ子供だった」


 レナは驚きのあまり言葉を失う。


 悪魔の血を引く子チャピー・ドゥ・ディビルは、その特異な色彩から悪魔の力を持つと噂される子供の総称だ。彼らの多くは生後三か月を迎える前に、産婆や医者によってあの世へと送り返される。


 ディアが慣習を重んじる貴族に殺されなかったことは、奇跡に近いだろう。


「陛下は、そういう慣習とか伝承とかが大嫌いでね。多少人と違うからと殺すのは馬鹿げてるって貴族を黙らせて、ディアを生かしたんだ。もちろん、その考え方が大衆にとって受け入れ難いものであると、わかった上でね。だから、少しでも危険を減らすために、ディアの容姿については、かなり厳しく箝口令が敷かれたみたいだよ」


 物語を読み上げるかのように、淡々とした口調でチーニは話を続けた。


「でも、敵は内側にもいてね。王都の中に住む貴族に、ディアは何度も殺されかけた。それを見ていた陛下は、息子に自衛の手段を学ばせようと、モナルク学院に入学させたんだ」


 チーニはそこで一度言葉を切った。窓の外に向けていた視線を、つま先に落とし、チーニは何度か息を吸い込んでは、吐き出すことを繰り返す。何をどう言葉にしたら、誤解無くディアのことが説明できるのか、分からなかった。


 チーニは息を深く吸い込んで、感情を押し殺し、起こった事実だけを声に変える。


「僕とディアは学院の同期で。卒業を間近に控えた三年生の冬に、ある少女の誘拐事件が起こって……ディアは、その冬の間に、王都を去った。すぐに第一師団による捜索が行われたけど、見つからなくて。陛下の『帰ってこなければ、問題ない』って言葉でその捜索も打ち切られた」


 誘拐事件の顛末も、攫われた少女が誰なのかも、チーニは口にしなかった。レナにはそれが、少女が救われなかったことや、その少女がチーニにとって大切だったことを物語っているように感じられた。心臓が鈍い痛みを訴えて、レナは思わず胸を押さえる。


「これが、僕の知ってるディアの全部」


 自嘲のような笑みを浮かべて、チーニは最後にそう付け足した。


「仲、よかったんですね」


 レナは思わず、そう口にしていた。チーニは驚いたように一瞬目を見開き、窓の外に視線を向けた後、ゆるく口角を上げる。


「どうだろうね、喧嘩もしたことないよ。……全部が上手くはまったわけでもないのに」


 十三番地に入り、車輪が石畳とぶつかる音が沈黙の間をぬって、車内を埋め尽くす。馬車の外では店じまいの支度をしている人々が、笑い合っていた。宵の鐘が響く街を走り抜けて、チーニたちを乗せた馬車は王都へと近づいていく。


 無言のまま王都の外門前にたどりついた二人は、馬車が十分に遠ざかるのを待って、外門を開いた。薄く開いた門扉の間に体を滑り込ませるようにして、チーニとレナが王都の中に足を踏み入れる。


 「王都」と言っても、外門を入って見えるのは、外壁と同じ高さの白い内壁だけ。東の外門に内側からしっかりと鍵をかけ、二人はひとつしかない内門へ向かって歩き出した。


「なんで内側にも門が四つないんですかね?」

「警備が大変だから、らしいよ。まあ、普通王都の中と外を頻繁に出入りすることなんてないから、一つで十分なんだろうね」

「私たちは結構出入りするじゃないですかぁ。南側に一つだけって……第一師団は仕事量と待遇があってません」


 チーニがいつも通りの空気に戻ったことに安堵しながら、レナは唇を尖らせる。


「この程度の距離で文句言ってたら、団長に走り込みさせられるよ」

「えええ。なんで門を増やすんじゃなくて、私の体力で解決する方向になるんですか……」


 レナはがっくりと項垂れた。


「そっちのが安上がりだからだろうね。ほら、もう着くよ」


 チーニの言葉で視線を上げると、内門を照らすガス灯のオレンジ色の光がすぐ傍まで迫っていた。レナは両腕を伸ばして、長時間馬車に揺られた体をほぐす。出発が朝早かったせいか、口から欠伸がこぼれた。チーニが吐息のような笑い声をあげる。


「おつかれさま」

「もうくたくたですよ」


 レナは力のない声でチーニに言葉を返す。チーニは内門につるされた鐘を三度ならしながら、レナに視線を向けた。


「じゃ、悪いお知らせだ」

「何がですか?」

「もう団長も帰ってるだろうし、詰め所に戻ったらすぐに会議だと思うよ」

「ええええ。もう夜半よわの鐘鳴りますよ? 明日にしましょうよう」

「そういう訳にもいかない。ディアが何をしようとしているのか知らないけど、後れをとるわけにはいかないからね」


 鐘の余韻が消えると、内門が少しだけ開き、その隙間から背の低い門番が顔をのぞかせる。


「やあ、チーニ」


 門番は高い声でチーニに呼びかけ、チーニは会釈を返す。


「お前がこんな時間まで外にいるとは珍しいな。仕事か? この花の匂いはブーケリアの香水だな。なんだ、こんな時間まで里帰りか? 第一師団ってのは意外と暇だな。ああ、そういえばラウネ団長が探してたな。お前、また何かやらかしたのか? あ、あれだな。また花砂糖食べすぎたんだな」


 口を挟む間もなく並べられる言葉に、レナは思わず半歩下がった。チーニは小さくため息を吐いて、まだ続いている門番の話を遮るように、声を張った。


「グラース」


 グラースはおしゃべりをやめて、じろり、とチーニに目線を向ける。


「まだ仕事が残ってるんだ。通してくれるかな?」


 グラースは大きな目を細めて不満そうな声を上げたが、文句を言いながらも内門を大きく開いた。


「さ、入りな。なるべく早くな。あ、その前に通行証を見せな」


 チーニとレナはネックレスに通された金貨型の通行証をグラースの前に掲げる。グラースはじっと、その通行証を見つめていたが、やがて「もういい、それは本物だな」と呟いた。


「さあ入れ。なるべく早くな。あんまりのんびりしてると、おかしなモノが入りこむ」

「ありがとう、グラース」


 グラースに礼を言いながら内門を通り、二人は今度こそ王都の中へと足を踏み入れた。

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