割れた硝子を宝箱に詰めて

甲池 幸

第1幕 残酷で最悪で悪趣味な現実の開幕

第0話 ゆめうつつ

「だーっもう! また負けた!!」


 白髪の少年は苛立った様子で、机の上にトランプを投げ出した。


「うーんと、これでディアの五七戦五五敗だね」


 少女はノートに結果を書き付けながら、楽しそうな笑い声を上げた。部屋の窓辺に吊るされた不格好な風鈴が、風に揺れる。その風鈴が音を立てることはない。


 ディアは上体を倒して背後のベットに首を預けると、早々に一抜けしていたもう一人の少年に視線を向けた。


「なあ、なんで勝てないんだと思う? チーニ」


 黒髪の少年───チーニは読んでいた本から顔を上げる。


「ディアは嘘をつくのが下手すぎるんだよ、全部顔に出てる」

「そこがディアのいい所だけど、トランプには向かないねぇ」


 カードを一纏めにしていた少女は、そう言って笑う。柔らかく、暖かく、幸せで堪らないと雄弁に語る表情。その笑顔を見て、チーニは泣き出しそうな思いに駆られる。


 心臓にナイフが刺さっているような痛みと、体の内側が空洞になってしまったかのような虚無感。思わず、すぐ側にいる友人に手を伸ばした。


 けれど、その手が何かを掴むことは無い。瞬きの間に全てが消えていた。


 陽だまりのような放課後も。

 机の片隅に寄せられたトランプも。

 不格好な風鈴も。

 優しい顔で笑う少女も。

 勝負に負けて悔しがっていた少年も。


 何も無い。

 何も無いただの暗闇を、チーニは真っ逆さまに落ちていく。

 目を、閉じる。

 幸せで暖かで、だからこそ鮮烈な痛みを伴う思い出に蓋をする。



 目を、開く。

 残酷で、最悪で、悪趣味な現実がそこにある。体を起こしたチーニは膝を抱えて丸くなった。大切な思い出ごと、抱きしめられるように。


「……おはよう。ディア、ルーナ。今日はきっと、天気がいいよ」


 震える声に答えるように、窓辺の不格好な風鈴が、小さな音を立てる。チーニの肌にはいつまでも、落下の感覚だけがこびりついていた。

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