第10話 定例会議

 チーニは紅茶を飲みながら、配られた資料に目を通した。


 第一師団と第二師団の定例会議は、基本的に二か月に一度開催される。その内容は第二師団からの報告が主だ。


 警ら隊の捕まえた人物や、起こった犯罪を第一師団が確認し、王への不満や反逆の予兆がないかを確かめる。危険分子が力をつける前にことで、大規模な犯罪を防ぐのが、この会議の目的の一つだ。


 資料の一番上には『献上品紛失事件』に関する調書がある。ここ半年ほどに盗まれたものと盗んだ人物、それからサザンカについての情報も記されていた。


「献上品の事件はチーニ君を経由して情報のやり取りが済んでいるから、この場では省略してもいいかい?」

「問題ねえ」


 ラウネは資料に目線を向けながら、頷く。


「あぁ、そうそう。サザンカさんについては、今朝、警ら隊から第二師団の牢に移すよう指示を出しておいたから、三日以内には取り調べができるはずだよ。終わり次第、報告書を送るつもりだけど……君たちも取り調べに参加するかい?」


 ラウネはチーニに視線を向ける。視線を受けたチーニは、少し迷ってから首を横に振った。


「いえ、大丈夫です」

「何か聞いておくことは?」

「ディアの容姿について、詳しく聞いておいて下さい。それで本人かどうか分かるでしょうから」


 ハングは頷いて、資料をめくる。


「じゃあ、次の議題に移ろう」


 その言葉を合図に、シアンは机の上に国の全体像が描かれた地図を広げた。王都を中心とした円形の紙だ。端の方には木のイラストが描かれている。


「今から約ひと月後、モナルク学院の入学試験が行われる」


 モナルク学院とは、多くの優秀な人材を輩出する王都にある学校だ。チーニをはじめ、師団に所属する人物はモナルク学院の出身であることが多い。


 学院の入学試験では、出身地、身分、家柄、性別──人を分類するうえで使われるあらゆる基準を問わない。問われるのは、優秀な人間になれるかどうかだけ。


 知識量よりも柔軟な発想を、今ある才能よりも今後の伸びしろを、問われる試験だ。


 さらに、卒業後は平民街出身の子供でも貴族街に住む権利が与えられるので、平民街に住む子供たちにとって、入学試験は人生をかけた試験と言っても過言ではない。


「知っての通り、学院の入学試験には十五歳の子供たちが国中から王都に集まる。それから、今年は二十〇回目、五年に一度の節目の回でもある」


 五年に一度、入学試験の日程に合わせて国中の関所が解放される日。それがひとつになる日アインスデーだ。


 王都は普段通り立ち入り禁止だが、国王も一番地に出向くことが通例だ。貴族街や十一番地では人が増え、そこに商人が便乗して遅くまで店を開けておくので、真夜中過ぎまでお祭り騒ぎが続く。


 チーニは前回のひとつになる日アインスデーの喧噪を思い出して、眉を寄せため息を吐いた。


「もう五年も経ったのか……」


 ラウネは小さく呟いて、紅茶をすすった。ジェニーすら険しい表情を浮かべている。


 ひとつになる日アインスデーは多くの人々にとって楽しみな行事の一つだが、王や治安を守る側の彼らにとっては、最も頭の痛くなる行事だった。


「今回はいつも以上の警戒が必要でしょうね」


 ジェニーの言葉にハングが頷く。


「ディアルムが何を考えているのかは分からないけれど、失踪してから四年もたった今動き出しことには理由があるはずだからね」

ひとつになる日アインスデーを待ってた可能性もあるってことか」


 チーニはラウネの言葉を肯定し、地図の王都を指さしながら口を開いた。


「その可能性は高いと思います。陛下が一番地に出向くことで王都の警備が最も手薄になる日ですから」


 シアンが首を傾げる。


「エルガーは国王陛下を狙っているんじゃないんですか?」


「どうかな……もしも、ディアルムが本当に王都を去った王子なら、陛下を憎んでいる可能性は低いだろうね」


 ハングの言葉を引き継ぐように、チーニは言葉を吐きだす。


「ディアが憎んでいる人物として可能性が高いのは、ラクリア家の人間……それから、僕ですね」


 シアンはさらに首を傾げた。


「ラクリア家って、王家の紋章にも入ってるラクリアの花を育ててる一族ですよね? 彼らが王都に住むことをよく思っていない貴族は確かに多いですけど、王族とラクリア家は仲がいいんじゃ……それにチーニ君が憎まれてるって、どういう」

「四年前に、ラクリア家の次女が誘拐される事件があってね」


 疑問符を顔中に浮かべるシアンの言葉を遮って、ハングが説明を始める。


「その事件に、チーニ君とディアルムは深く関わっていて────恐らく、その誘拐事件がきっかけで、ディアルムは失踪している」


 シアンはさらに首を傾げた。


「それなら、憎まれているのは誘拐犯じゃないんですか?」


 口を開こうとしたハングを制するように、ラウネは鋭く声を発した。


「そこまでだ」


 重要な部分を隠したまま説明が終わろうとしていることに不快感を隠そうともせず、シアンはハングに視線を向けた。鋭い視線を受け止め、ハングは同じような険しい表情浮かべる。


「悪いが、それ以上の説明は禁止されてるんでな」

「禁止?」


 苛立って物を壊すことはあっても、相手に怒気をそのままぶつけることは少ないシアンの口から、分かりやすく棘を含んだ声が吐き出される。


「王政に関わる重大事項に触れる。人の口に戸はたてられねえし、どこで誰が盗み聞いてるか分からねえ以上、今の状況でそれ以上話すわけにはいかねえな」

「僕が情報を漏らすと?」


 シアンがラウネを睨みつけた。


「誰がどんな手段でお前から情報を引き出そうとするか分からねえって話だ。シアンを信用しているかどうかって問題じゃねえ」


 ラウネはただ冷静に言葉を返す。ハングは冷めてしまった紅茶を一口飲んでから、口を開いた。


「シアン。それ以上続けるなら、君をこの場に留めておく訳にはいかなくなる。そのくらいにしておいてくれるかな?」


 シアンは渋々といった表情でハングの言葉に頷く。わずかに歪んだハングの口元から、呟くような声が滑り落ちる。


「あんな事件の真相を知っているのは、関わった人間だけでいい」


 チーニは一瞬目を見開いてティーカップに視線を落とした。頭の中に、優しい顔で笑う少女と照れくさそうな顔でそっぽを向く少年が浮かぶ。遠くなった思い出を心の中でそっと撫でてから、チーニは口を開いた。


「僕も、そう思います」

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