第31話 僕らの世界はいつだって幸福で
涙を拭いて部屋の外に出ると、寒い廊下にディアが一人で座っていた。
「ディア?」
「終わった?」
チーニの問いかけで顔をあげたディアは、眠そうな顔で笑う。チーニが小さく頷けば、ディアは立ち上がってチーニの頭を抱き寄せた。
「ごめんな」
「ディアは何も悪くないよ」
「うん。でも、泣かせたから、ごめんな」
「ディアのせいじゃないよ」
「しってる」
優しく落とされる謝罪の言葉にチーニの目からまた勝手に涙が溢れる。ディアが喉の奥で笑った。
「泣き虫だな」
「泣き虫じゃないから、止め方が分からないんだよ」
チーニは鼻声を返して、どうにか涙を止めようと目に力をいれる。止めようとするのに、頭をなでる手つきが優しくて結局止められずにまた涙が溢れた。ディアの肩にチーニの涙が落ちて、服が濡れる。それでもディアは、チーニを離そうとはしない。
(こんなに優しいのになぁ)
ディアの優しさが伝わらないことが悔しくて、肌が引き裂かれるような痛みに襲われた。その痛みも頭をなでるディアの優しい手が中和してくれるから、学院長の部屋で泣いていた時よりもずっと、マシだった。
鼻をすすりながら目をこするチーニの耳にディアの声が届く。
「あんまり擦ると後で腫れるぞ」
「よく知ってるね」
「昔は泣き虫だったからな」
「今は泣かないね」
「泣く理由がないからな」
チーニはなんと言葉を返したらいいのか分からなくて、ただディアの肩に頭を押し付けた。ディアが小さく笑って、その頭をなでる。
頭がぼーっとするまで泣いて、ようやく涙が止まったころには目の周りも鼻も真っ赤になっていた。
「ははっ、顔真っ赤だな」
チーニはディアの肩に軽く拳をあてる。口をへの字に曲げたチーニにディアはまた、肩を震わせて笑った。
「廊下の先にたぶんルーナが居るから。さき、帰ってて」
「ディアは?」
ディアはチーニから視線を逸らし、学院長室のドアに向けた。チーニもつられて視線を横にずらす。いつもより低く聞こえる声で、ディアは言葉を吐いた。
「俺はちょっと学院長に用事があるから、それ終わったら戻る」
チーニに視線を戻し、口角をあげたディアは「だから先、戻ってて」と言葉を続ける。チーニはディアとの間に白い線を引かれたような気がした。その線を越える権利をチーニは持っていない。だからチーニはゆるく口角をあげた。
「うん、わかった」
チーニはそれだけ言葉を残してディアに背を向け、一人で廊下を進む。五歩ほど進んだところでドアの開く音がして、振り返った先にはもう、ディアが居なかった。
「話してくれるの、待ってるよ。ディア」
小さく呟いて、視線を前に戻しチーニは更に廊下を進む。角を曲がったところで、壁に寄り掛かるようにして立っているルーナと目があった。
「おかえり」
真っ赤になっている目元には何も言わずに、ルーナはただ柔らかく微笑む。
「うん、ただいま」
まだ少し濁っている声を返して、チーニも笑った。
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