第6話 報告会議と今後の方針
ココアを飲み終わり、一息ついたところでラウネは「それで?」とチーニたちに報告を求めた。今にも寝そうだったレナも頭を振って眠気を追い出し、背筋を伸ばす。壁際に全員が集まり、それを確認してからチーニは口を開いた。
「警ら隊から『献上品紛失事件』について、新たな報告と協力要請が入ったのが、昨日の午後。その場で受諾し、今朝から東十一番地を中心に聞き込みを開始しました」
チーニは壁の木版に紙を取り付け、情報を書き込みながら、報告を続ける。
「今月に起こった三件の紛失については、東十一番地で反物屋を営むバッフォル氏の犯行でした。店の倉庫から、無くなった分の献上品とブーケリアの香水を発見。どちらも、警ら隊に証拠として提出してあります」
「香水?」
ジェニーが眉を寄せて首を傾げる。
「はい。ブーケリアとは、東十五番にある香水専門店です。店主はレディラ・サザンカ。王妃御用達の調香師でもあります。それから」
「地下街にも出入りする腕利きの情報屋だな」
ラウネがチーニの言葉を引き継ぐ。ラウネは眉間に皺をよせ、深くため息を吐いた。ラウネの言葉に頷き、チーニはさらに報告を続ける。
「ええ。サザンカは地上の商人とも地下街の人間とも面識があります。これらの情報と倉庫にあった香水から、サザンカが犯行手口を売り捌いていた教唆犯である可能性が高いと判断し、東十五番地に向かいました。その後接触した本人が自白したため、そのまま警ら隊に引き渡しました」
「自白……随分物分かりのいい犯人ね」
ジェニーが顎に手をあてながら、そう呟く。
「ま、バレた後で嘘を吐くほど馬鹿な女じゃねえよ」
「団長、知り合いなの?」
ジェニーの問いかけに、ラウネは曖昧に笑った。笑顔と呼ぶには、口角のあがり切っていない表情でラウネは口を開く。
「昔の、な。それで? 紛失事件はレディラが黒幕で終わりか?」
チーニは首を横に振り、言葉を続ける。
「いえ。サザンカの証言によると例の手口を考えたのは別の人間で、その人物はディアルム・エルガーと名乗ったそうです」
チーニの言葉にジェニーは目を見開き、ラウネは眉間の皺をもんだ。四年前に失踪した王子が、ここにきて姿を現そうとしているのだ。しかも、王への献上品を盗んだ犯罪者として。驚きが去ったジェニーはため息を吐いてから、チーニに言葉を投げる。
「その『ディアルム・エルガー』が本人である可能性は?」
「高いと思います」
「根拠は?」
「学院生時代に、僕とディアで似たような手口を考えたので」
「王のお膝元で何をしてるのよ」
真顔で答えたチーニをジェニーが半目で睨む。レナは思わず笑いそうになって唇を噛んだ。
「実行はしてませんよ」
「当たり前だ。実行してたら今頃は刑務所だよ。二人ともな」
ラウネはチーニの頭を小突く。チーニは叩かれた部分をさすりながら、ぼそり、と言葉を吐きだす。その小さな声には祈るような切実さがこもっていた。
「まあ、でも、全てが偶然という可能性もあります」
「……それは可能性じゃなくて、希望だろ」
ラウネの言葉にチーニは視線を下げる。暗くなった部屋の空気を切り裂くように、ジェニーは高い声を意識して、言葉を紡いだ。
「でも、どうしてエルガーはこんなに自分の存在をアピールするような情報ばかり残すのじゃろうな」
「チーニの集中を削ぎたいのか、あるいは宣戦布告か、勧誘か。どれだろうねぇ」
ジェニーの後ろから声が聞こえてきて、レナは悲鳴をあげて飛び上がった。早鐘を打つ心臓を押さえて、そちらに視線を向けると地下に続く扉をあげ、上半身だけを地上に出したニフがゆるく笑っている。
ニフは「レナは良い反応するね。そーっと出て来たかいがあった」と言葉を続けながら、のそのそと地上に這い上がってきた。透けるように白い肌の上に灰色の髪がのっているニフは全体的に色素が薄く、気配を消すのが得意なこともあって存在が淡い。滅多に地下室から出てこないニフの登場に若干驚きながら、チーニは口を開いた。
「ニフさんが地上に来るの珍しいですね、厄日ですか?」
「地下で報告聞いてたら、なかなか面白いことになってるみたいだったから、出てきちゃった」
柔らかな笑みを浮かべたままニフはチーニに言葉を返す。ニフの腰に両腕を回したジェニーが「厄日とはなんじゃ、厄日とは!」と抗議の声を上げる。ニフは笑い声をあげてジェニーの頭を撫でた。
「ディアが何を考えているにしろ、献上品を盗ませたのは事実でしょうし、この事件で終わりだとは思えません」
チーニの言葉にラウネが頷く。
「そうだな。今後は第二師団にも協力を要請しつつ、ディアルム・エルガーを最重要容疑者として調査を進める」
ラウネが紙の上に書かれたディアの文字をなぞる。レナはニフの登場で途切れた集中をかき集めて話を聞きながら、欠伸を噛み殺す。
「それと明後日の定例会議についてだが、出席するのは俺、ジェニー、チーニの三人。ニフとレナは、詰め所で待機しててくれ。何かあった時の判断はニフに任せる」
「え、僕も行くんですか」
「ハングがお前を呼んでんだよ」
チーニは眉を寄せてため息を吐いた。ラウネはそれを横目に「じゃ、今日は解散!」と両手をあわせる。朝から働きどおしで疲れ切っていたレナは、「やっと解放された……!」と噛み殺していた欠伸を口から零した。
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