46. 師弟はわがままを言い合う

 エリーゼが眠りに落ちたのを見て、俺はさっそく行動を起こす。


「師匠、いったい何を?」


 俺が向かったのは、エルフの里の結界の制御台だった。


 俺は、今回のエリーゼの頼みを聞いた依頼にアリーシャを連れて行くべきか、悩んでいた。結界が破られてモンスターの溢れかえった国、危険であることは疑いようがない。



「少しの間、ここを留守にすることになるからな。万全の準備をしておかないとな」

「この結界は、前に師匠がアップデートしたんですよね。これ以上、何をするんですか?」


「たとえば……結界の引き継ぎとかだな」


 結界を正しく扱うために、しっかりと引き継ぎをするのが重要だ。


「アリーシャに、結界を引き継ぎたい」


 アリーシャの、身の安全を考えるとこれが最適解に思えた。ついでに言えば、ここの守りを固めることは最重要の課題でもある。信頼できる弟子に任せるなら安心――そう思っての発言だったが、アリーシャは信じられないとばかりに目を見開いた。


「そ、それは、私にここに残れと言っているんですか?」


「これは俺が勝手に引き受けてしまった依頼だ。結界の崩壊した王国なんて危険な場所に、アリーシャに付いてきてもらうわけには……」

「冗談じゃないですよ!」


 アリーシャの反応は劇的だった。


「あの女ですら師匠についていくのに。一番弟子の私が、安全圏でぬくぬくしているなんてあり得ないませんよ!」

「でもアリーシャが、わざわざ危険な場所に来る必要はないだろう……」


 俺がそうやんわりと諭そうとすると、


「師匠の隣が私の居場所です。どんな依頼でも師匠が受けたのなら、私は弟子として、どこまでも付いていきます!」


 アリーシャはそう言い切った。その決意は固そうだった。



(正直なところ、アリーシャの助力はありがたいんだよな)


 王都の周りの結界を張り直すのは、当然だか俺の役割だ。結界を張るのに集中する間、俺は無防備になるだろう。

 周囲を守る者が必要になるのだ。その点、魔法を使いこなすアリーシャの存在は、非常に頼もしい。


「王国がどうなってるかは分からない。生きて帰れる保証もないんだぞ?」

「それぐらい覚悟してますよ」


 アリーシャは当たり前のように、そう言いきった。王国に戻るという、今回の判断に不満が無いわけではないだろう。それでも俺の判断を優先し、命すらかけると言っているのだ。


「……ありがとな。もともと今回の判断は、アリーシャには不満なものだろうに――悪い」

「いえ。むしろ私のせいで師匠を悩ませてしまったなら、申し訳ないです。師匠に相応しい場所で活躍して欲しい――そんなのは、私のわがままに過ぎないのに」


 アリーシャは逆に、こちらに頭を下げてきた。


「私のわがままを聞いてくださって、ありがとうございます。ごめんなさい――師匠の行動を縛りたいわけで、なかったんです」


 アリーシャは、しゅんとしていた。

 ティファニアも似たようなことを言っていた。ここを最優先に守るために、一度は王国を見捨てたのはすべて俺の判断だというのに。



(アリーシャは、本当に根が真面目というか何というか……)

 

 心底申し訳なさそうに言うアリーシャの頭を、俺は思わず撫でていた。最近はアリーシャの意外な一面を知ってばかりだ。



「し、師匠?」

「わがままなんかじゃないさ。そんな願いを口にさせてしまって――不甲斐ない師匠で悪かったな」


 評価される場所で活躍して欲しいなんて――そんな"わがまま"を言わせてしまったこと。それは、そもそも俺の責任だ。


 ティファニアのわがままも、アリーシャのわがままも……。なんて小さく、優しいものなのだろうか。


「そんな、師匠は不甲斐なくなんてありません!」


 あわてて否定するアリーシャ。


(そうだよな)


 俺を信じて、故郷を飛び出してきたアリーシャのためにも。そんな自虐的なことは、思っていても口にするべきではないのだ。


(弟子の前でぐらい格好つけないとな)

 

「アリーシャ、弟子が師匠にわがままを言うのは当たり前だ。それにアリーシャのそれは、わがままのうちにも入らない」

「ええ、どうしてですか!」


「アリーシャは良い子すぎるんだよ……」


 そう言ってジーッと見ても、ピンと来なそうな顔。



(ティファニアと一緒にいるときのような、年相応な顔は、なかなか引き出せないよな……)


「もっと遊びたい! とか、新しい服が欲しい! とか。わがままってのは、もっと子供らしい率直な欲望で良いんだよ」


 ちなみにわがままの具体例は、エリーゼ王女を参考にした。



「なら、とっておきのわがままを!」

「……とりあえず言ってみ?」


「はい! 師匠は、師匠が信じる道を突き進んで下さい。私はその後ろを精いっぱい追いかけます!」


 その瞳に映るのは、全幅の信頼。

 良い笑顔で告げられた"わがまま"に、俺は思わず苦笑い。


「それは、どちらかというと師匠が弟子に贈りたいタイプの言葉だな!? わがままとはほど遠いぞ?」

「そ、そんな……」


 うなだれてしまうアリーシャ。



「なら師匠がお手本を見せてくださいよ?」

「うっ。さっき言っただろう?」


「それ、毎日聞かされてたエリーゼ王女のわがままじゃないですか……。私は師匠のわがままが聞きたいんですよ!」


 そう言いながら上目遣い。

 ふむ、わがままか……。



「わがままなんて思わず、これからは何でも願いを、気持ちを口にしてくれ。それが俺の――わがままだ」

「師匠だって全然わがままの使い方、分かってないじゃないですか!」


 あれ、おかしいな?

 王国なんて場所に居続けて、わがままの言い方を忘れてしまったのか?



「なら、王国まで付いてきて――」

「それは、私のわがままです!」


(なぜ俺たちは、わがままを取り合っているのだろうか?)


 俺たちはジト目で見つめ合い――どちらともなく笑い出した。


 何ら結論は出ない会話だったが、ゆったりと流れる大切な時間だった。


(こういう時間も大切にしないとな)


 心のゆとり。王国で仕事に追われていたときには、考えられなかったことだ。これからは、こういう時間も大切にしていきたいものだ。



「アリーシャ、これからも頼りにしてるからな」

「はい!」


 キラキラと輝くアリーシャの瞳。

 こうして俺は、一番弟子を王国に連れて行くことを決意したのであった。

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