6. 【王国SIDE】エリーゼ、戦地に向かう
私――エリーゼは、とてもイライラしていた。思い出すのは、何の感慨もなさそうに国を出ていった生意気な結界師の姿。
「あんの詐欺師が、随分と生意気言ってくれたじゃない。
土下座でもして許しを乞ってきたら、これからも国に置いてやろうと思ってたのに……」
結界が喰い破られて、モンスターが侵入する?
そんなことはここ1000年なかった。これから先もあり得ないだろう。いにしえの時代から続くバカな契約のせいで、ムダ金を結界師に払ってきたのだ。この国は、ようやくその呪縛から解放されたのだ。
「聖女の力に感謝しないとね」
『結界師』に頼る伝統を壊すのは並大抵のことではなかった。国の中から『聖女』が現れ、国が湧いている今こそ、革命を進める絶好の機会だったのだ。
「どんなことをしてでも、王位は私が手に入れるわ」
女である私の王位継承権は低い。
王位を継ぐために、これまでも国を束ねる権力者との繋がりを大切にしてきたつもりだ。でもまだ足りない。他の候補者を押す貴族を黙らせるための、圧倒的な功績が必要なのだ。
分かりやすい功績は何か。
私が、次にやるべきことを考えていると――
「大変です、エリーゼ様!」
突如、ひとりの侍女が駆け込んできた。
考え事をしている時には黙って入るなと、何度も伝えてきたつもりなのだけどね。
「そんなに慌てて、どうしたというのですか?
今どき、その程度のマナーすら習わないですか」
「非常事態です。どうかお許しを」
非常事態とは穏やかではない。
何があったのかと身構えたが、
「モンスターです。
リステン辺境伯の収める領地に、モンスターの群れがあらわれました!」
そんな言葉を聞いて一気に肩の力が抜けた。辺境伯の役割は、結界から漏れてきたモンスターを撃つことだ。たまには働いて貰わなければ困る。
「そんな些事を報告に来たの?
そんなことで、私の大切なティータイムを邪魔したのね?」
目を細めると、侍女はヒイッと悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
(ふん。まるで教育がなっていないわね)
また侍女頭を呼んで、教育がどうなってるかを問い詰めないといけないわね。次々と人が辞めていくから、なかなか人が育たなくて大変なのだ。
「あら……? これは何かしら」
私は、侍女が落としていった手紙を拾い上げた。この家紋は――リステン辺境伯のもの?
「ええっと。なになに……。
『結界の穴から多数のモンスターが出現。我が兵だけでの対処は困難。至急、王国騎士団と結界師の増援を求む』……と」
(いたずらかしら?)
真っ先に思ったのはそんなこと。
だって結界に穴が開いて、そこからモンスターがあらわれたなんてまるで――
「いいえ、そんなはずはないわ。
あいつは詐欺師、あいつは詐欺師。そんなこと起こりうるはずがないのよ」
悪い想像を頭から追い払う。
冷静に思考する。無視して燃やしたい衝動に駆られたが、もしもこれが真実なら無視するのは非常にまずい。普通に考えれば国王に相談して、判断を仰ぐのが正しい判断だ。
(でも、それは避けたいところね……)
結界師をクビにして結界に綻びが生まれた、ということになってしまったら、分かりやすい失態となってしまう。結界師をクビにするコストカットは、私が推し進めてきた改革の1つだ。王位を争う弟にわざわざ攻撃の材料を与える必要はない。
(あの侍女は、わたしのお付きのものではなかった。だいたい父ではなく、何故、ここに直接届いた? ……これは私の失態を望む弟の罠かしら?)
私が好き勝手に動くことが、弟の望みなのかもしれない。
それなら望むところだ。聖女の力で事態を華麗に解決して「やっぱり結界師をクビにしたことは正しかった」と声高に主張してやろう。
私は思考を巡らせ、エリーゼ近衛隊を動かすことを決意した。それは私だけで動かせる唯一の兵力。国が動く前に、私が内々に納めて自らの功績とする。聖女の力は戦闘にも使える強力なものだ。
「モンスターの群れ。良いタイミングで現れてくれたじゃない。
私の踏み台になってもらうわよ」
結界師なんていにしえの時代の産物に過ぎない。何より、私には聖女の力だってある。恐れることなんて何もないのだ。
私の失敗を弟は望んでいるのだろう。弟の悔しがる顔を想像すると、それだけで気分が良い。
私は意気揚々とリステン辺境伯の収める地方へと足を運び……
「な、なによこれ……」
思わず目を疑った。
モンスターの数は一体や二体ではない。
目立ったのは結界にでかでかと空いた穴。瘴気が流れ出してきており、肉眼でも確認できるどす黒くおぞましい空気があふれ出していた。そこからモンスターが続々と湧き出してきているのだ。
「こ、こんなの聞いてないわよ……」
リステン辺境伯の私兵も、必死になってモンスターを退けようとしていたが、いかんせん数が多すぎた。次々と顕れるモンスターの大群に力尽き、ひとり、またひとり、と倒されていく――絶望的な光景だった。
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