30.【王国SIDE】崩壊、大混乱の王都

 何1つとして具体的な解決策も見いだせぬまま。

 俺――アレクは、一週間もの時を自室に引きこもって過ごした。


(何かの間違いに違いない。姉上が見間違えただけだ。結界の穴なんて、気がついたら直っているかもしれない)


 自分でも信じていない夢物語。崩壊はすぐそこに迫っていたのに、俺には何も選択出来なかったのだ。


 そうして――ついにその時を迎えてしまう。





◆◇◆◇◆ 


「大変です!」

「な、なにごとだ!?」


 城に勤める衛兵によって叩き起こされた俺は、そのまま謁見の間に呼び出された。


「暴徒と化した国民が押し寄せているだと? なぜ、このようなことになった!?」


 そこで耳にしたのは、いつか来てしまうことを恐れていた未来。俺は焦りを押し隠し、どうにか平静を取り繕う。



「王国に逆らう不届き者どもが! すぐに騎士団に命じて、鎮圧してしまえ!」

「そ、それが騎士団すらも暴徒に味方しているとのことです!」


 ――は?


 あまりのことに事態が飲み込めず、間抜け面を晒してしまう。



「何故、我が国の誇り高い騎士団が、暴徒なんぞに味方をする?」

「そんなの明らかに向こう側に、正当性があるからですよ!」


 衛兵は悲鳴のような声を上げた。



「破られた結界とモンスターについて、王国は何も説明しない。それどころか、未だにくだらない権力闘争に明け暮れているんです」

「そ、それは……」


「騎士団長は公平な方です。実際に王都の様子を見て――決断なされたのですよ!」


 ――我が国はどうなってしまうのだ?

 押し寄せてくる深い絶望。



「ここに押し寄せてきた者は何と?」

「結界の綻びから現れたモンスターにより、故郷を追われたと。国の守りはどうなっているのだ、と興奮状態です!」


 どれほどの難民が、城下町まで押し寄せてきた? 国の守りがどうなっているかは、俺のほうが知りたいぐらいだ。

 


「城の守りは持つのか。バリケードを張っているのだろう?」

「どうにか持ちこたえていますが、人数が違いすぎます! 時間の問題でしょう……」


(くそっ。何ということだ)


 貴族の住む上層には何の影響もなかったようだが、今回はそれが仇となった形だ。王城にいる者は、基本的に下々の暮らしなぞに興味が無い。

 城下町の異常に、気づくのが遅れたのだ。

 



「押し寄せてきた難民により、王都は大混乱です。いつモンスターが姿を現すか、不安な時を過ごしています!」

「陛下、どうか説明を!」




 国王の口から出てきたのは、重々しいため息。


「アレクよ、結界の大穴の件はどうなっている?」


 国王は驚くことに、こちらに聞いてきた。この状況でまだ俺にすべてを任せきりなのだ。どうにかしている。



「ええ。ただいま全力で当たっている最中でして……」


 国王の詰問。

 俺はいつものように、誤魔化しを重ねた。



「え? アレク様の雇われた結界師たちは、すでに国に帰られているのでは?」

「おい、貴様!」


 俺は口を滑らせた傍付きを睨みつけた。あっと口を抑えるも、もう遅い。

 国王は燃えるような瞳で、こちらを見ていた。



「どうするつもりだ? おかげで、我が国は滅びの一歩手前だ」


 なんの手も打たなかったことがバレた!



「ち、父上こそ何もしなかったではありませんか。一方的に責められる謂れはありません!」

「黙れ! 貴様は、私に逆らうと言うのか!」

「国が終わろうかというときに、国王という身分なんて関係ないでしょう!」


 こうして、みにくい言い争いが始まった。国王は顔を見にくく歪め、ツバを吐きながら口汚く俺を罵る。




「いい加減にして下さい。そのようなことをしている場合ですか!?」


 聞いていたひとりが悲鳴を上げたが、その程度でおさまるのなら、こうはなっていない。



(この国は、もう詰んでいるな)

 俺は早々に見切りを付け、時間を稼ぎ、国外に脱出する方向に思考をシフトする。


(この状況をどうにかするために――偽聖女! タイミングは予定とは違うが、ちょうど良い奴がいるではないか)



「おい! 今回の件は、すべて姉上――エリーゼのせいだ。すぐに処刑の準備を執り行え!」


 すべての元凶は、あまりに明白だった。国民のガス抜きには、ちょうど良い見世物となるだろう。名案だと思ったが、思わぬ人物が止めにかかる。



「待て。それは許可出来ないな」


 止めたのはなんと、尋問官・ディールだった。どういうつもりだ? こいつは、エリーゼに深い恨みがあるはずなのに。


「何故だ?」

「まだ自白が取れていない。奴が国を滅ぼすつもりだったかは不明だ」


「そんなことは関係ない! 我らが黒だと言えば、黒だ!」

「やれやれ、殿下は尋問官の存在意義を否定するのですね。自白や証拠もなく、国民が納得するとでも?」


(正論ではあるが……何故、こいつが姉上を庇う!?)


 あくまで公正を重んじる尋問官という職業柄か。頭でっかちめ。



「……部屋に戻る」

「今後について考える。私も部屋に戻らせてもらう」


(もう、この国は終わりだ――)


 俺と父上は、同じ結論に至ったらしい。

 国を脱出するつもりなのだろう――ある意味で似たもの同士。簡単に思考が読めた。


 俺は大急ぎで、部屋に戻った。滅びゆく国の王位には、なんの価値もない。どんなコネを使ってでも、何をしてでも自分だけは生き延びる。



 国の王子にあるまじき決意とともに。

 後ろからはディールによる――冷たく底冷えのするような視線が注がれていたが……俺はついぞ気がつくことは無かった。 

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