31.【王国SIDE】エリーゼ、地下牢で永遠にも思える時を過ごす

 時は王城で暴動が起こる1週間前に遡る。私――エリーゼは、地下牢に捕らわれていた。結界師について意見が聞きたいと呼ばれた尋問官・ディールは、わずか20分ほどで帰ってきた。



「待たせたな。さて、続きを始めようか?」


(私への復讐のために、尋問官としてこの男はここに立っている。全部、私のせいだ……)


 こうして地下牢に捕われていることも、激しい尋問に晒されていることも――これまでの行動の結果が、正しく跳ね返って来ただけのことだ。

 でも諦められなかった。



(何をしてでも――私は、こんなところで終われない)


 まだ何も成し遂げられていない。

 今となっては、王位など夢もまた夢。それでも国民のストレス発散のために、見世物にされて殺されるなんて真っ平だった。だから――


「聖女の私に尋問をして、ただで済むとは思わないことね! 私は国を崩壊から救って、今度こそ英雄になる。こんなことをしても時間の無駄――早くこの拘束を解きなさい!」


 私の言葉は、地下牢で寒々しく響く。

 何時間も魔力切れの状況で放置され、私の体調は最悪だった。私は不安を押し隠し、精一杯の虚勢を張る。果敢にディールを睨みつけたが、返事代わりに与えられたのは、いつもより長めの電撃だった。



「無駄かどうかは、貴様が決めることではない」

「うう…………」


「命令には返事をしろ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 無様に許しを乞う。僅かばかりの反抗心など、一瞬でへし折られた。

 私はいまや何の権力もないただの囚人に過ぎない。

 初めから頷く以外の選択肢は存在しなかったのだ。




◆◇◆◇◆


「何故、結界に穴を空けた?」

「……」


 ふたたび尋問が始まる。

 答えるだけで自らの愚かさを、否が応にも理解させられる時間。


(私が悪かったのは、十分に分かってるから。もうやめてよ……)


 永遠にも思える責め苦の中で、自分の愚かさを淡々と突きつけられる。おおよそ死んだほうがマシと思える、残酷な時間だった。


 ディールは本当に魔法陣を利用した。

 それはもはや尋問というよりは拷問であった。

 死すら覚悟するほどの苛烈な責め。




「答えろ。答えないならば、次はこちらの魔法陣を起動する」


 ひと目見て恐怖に顔が引きつる。

 これまでより明らかに威力の高い、中位クラスの魔法陣。

 誤って殺さぬよう回復ポーションまで用意されているのを見て、私は深く絶望する。



「そんな、非人道的な、行為……。重犯罪者相手でも、許される、はずがないでしょ?」


 肩で息をしながら、私は訴える。


「……王族のくせに、貴様は何も覚えていないのだな。重犯罪者のことは、人間として扱う必要はない――全部、あんたが決めたことだろう?」

「う、嘘…………」


(そ、そんなの……)


「囚人は法律に守られている。それでも――重犯罪者だけは別だ。人間扱いする必要がないと、法律で定められているのだからな。貴様がねじ込んだ法案だ」

「ほ、法案? そんなものは知らない!」


 やぶ蛇だった。

 ディールの目に、明確な怒りが灯る。



「国家反逆罪を適用して! 気が狂うまで拷問する! 邪魔者を! 何人もの敵対者を! 葬ってきたやり口だろうが!」


(私は上から命じるだけ。その裏で何があったのか、何も知らなかった……)


 いかに何も知らなかったかを思い知る。

 権力者の行動には、相応の責任がつきまとう――その本当の意味をようやく理解しつつあった。

 当然、今さら気が付いても手遅れであった。



「まだ寝るには早いぞ?」


 回復ポーションが振舞われる。

 私の身を案じてではなく、拷問を継続するための最低限の処置。

 永遠にも思える時は、始まったばかりであった。




◆◇◆◇◆


 過剰な魔封じの拘束具が急速に体力を奪っていった。


「なんのために、聖女の力について嘘を付いた?」

「聖女という、言葉、踊らされた。……何も、知らなかった…………」


「何故、国を守護する結界について調べてこなかった?」

「必要が、なかった。王にとって、無意味な、知識」


 空になった魔力に体が悲鳴を上げているが、必死に意識を保つ。

 気絶したら激しい責め苦がが待っている。

 たとえ不可能でも、すこしでも耐えるしかない。


(これが……私への罰なの? 私は――どこで間違えたというの?)


 取り留めもない思考。



「何のために国を滅ぼそうとした?」


 国を滅ぼそうとした偽聖女。

 それが私への評価であり――何一つとして反論できる材料がない。


(最後に国民に束の間の娯楽を与える――それが私にできる最後の役割なの?)



 ひと言、口にするだけで良いのだ。

 「すべては国を滅ぼすための行動でした」と。

 たったそれだけで、この永遠にも思える苦しみから解放される。


 そう思うのに――唇は動かない。

 その質問だけは、いつまで経っても体が勝手に否定するのだ。



(こんな終わりを迎えるぐらいなら、最初から王なんて目指さなかった)

(必死に知識を身につけて、まっとうに生きてくれば良かった)


 後悔してもしきれない。

 純粋に国の役に立ちたかった。最初は、父上のような立派な国王を目指すとキラキラした心を持っていたのだ。父上が立派な人物だと信じていたのだ。そのころの純粋な心は――日々の権力闘争で失われていったのだ。


(いつからだろう――地下牢ここに繋がる道を選び始めてしまったのは)



 すべては手遅れのはずなのに。

 それでもディールの言葉を、必死に否定するのはなぜか?


(そんなこと。決まってる)


 歪み切る前の初心に立ち返れば、最初から答えは見えていたのだ。


 

 せめてもの贖罪だった。

 私が果たすべき役割は、ひとときのストレス発散ではない。

 そんなものでは、もはやこの罪の重さは釣り合わない。



 この事態が私の責任なら――何をしてでも解決しないといけない。

 それが最低限、果たすべき役割だ。

 罰ならその後で、喜んで受けよう。



「何のために国を滅ぼそうとした?」

「私は、国を滅ぼそうとなんて、してない」



 ――だから絶対に自白はしない。

 その自白は、ただ楽な方に逃げているだけだから。

 その苦しみが長引くとしても。


 私は最後まで諦めないことを選び取ったのだ。

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