32.【王国SIDE】呪いのように、あるいは祈りのように

 ディールによる責めは苛烈さを増す一方だった。

 拷問とも言える取り調べが、永遠と繰り広げられた。


(何を言われても――私の答えはもう変わることはない……)


 そう思っていても、体が先に限界を迎えそうだった。

 回復ポーションで表面的な傷は直せても、たび重なる責め苦で体はボロボロ――弱々しくうめき声を上げることしか出来なかった。



 ディールと私にとっても大切な質問が投げかけられたのは、そんな状態でのこと。

 

「結界師を追放するために、なぜそこまで強引な手を使った?」


 それはディールが尋問官としてのプライドから避けてきた、私情の入った質問だった。優秀な尋問官が、初めて表情を隠し切れずに、こちらを見ていた。


(そんなこと、答えられるはずがない)


 私は恐怖で身動きが取れなくなる。ディールが人生をかけて追い求めてきたであろう問いの答え――私は真っ当な答えを持たない。

 今思えば、本当に下らない理由なのだから。


「ごめんなさい。許してください、本当にごめんなさい……」


 うわ言のように、涙ながらに謝罪を繰り返すことしか出来なかった。

 もちろん許されるはずもない。


「余計なことを言うな。答えろ」

「――本当に勘弁して下さい」


 必死の懇願。真実を知っても、誰も救われないのだから。

 もちろん許されることはなかった。


「……王位が。手柄が、欲しかったんです」


 やがては白状する。

 そんなことのために、ディールの人生を壊したのだ。

 彼だけではない、追放したリットについてもそうだ。

 そうして、その結果が――

 

 

「――あまりにも予想どおりの答えだ。こんな下らない答えを聞いたところで、失くした日々は戻って来ないのにな……」


 思わず出てしまった独り言なのだろう。

 ディールの表情は虚無だった。


「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


 私の謝罪には何の意味もない。

 それでも、そう口にするしか出来なかった。


(失くした物は、二度と戻って来ない)


 目の前の尋問官が口にした言葉は、今の私にはとても重たい。

 一生かけても償いきれない罪を、犯してしまった後なのだ。



(取り返しの付くことと、取り返しの付かないこと)

(まだ取り返せる部分は残ってる? なら、やっぱり私は――)


 せめて少しでも償いたかった。

 それだけが先の見えない地獄に見えた、かすかな光明にも思えた。

 もっともその道も、結局は地獄。


 私の人生には、もう地獄以外のものは残されていない。

 これまでの行動を思えば、当たり前だった。


「ねえ、ディールさん。私を、外に……出す、ことは?」

「許可なく喋るな」


 魔法陣が振るわれる。

 感情を逆撫でされたディールによる尋問は、ますます苛烈を極めていく。



「国は、どう、なって、ますか?」

「喋るなと言っている!」


 死にかけるような重症を負っても、高級な回復ポーションは癒やしてしまう。

 尋問と回復剤は切っても切り離せない関係があるのだ。

 知りたくもない知識だった。



 だとしても――


(取り返せるものがあるのなら――私に諦めることは許されない)


 それが犯した罪と向き合うということなのだろう。


 


◆◇◆◇◆


「多くの難民が出ている。貴様の弟はいまだに部屋に引きこもっているぞ?」


 ディールが、外の情報を地下牢に伝えるようになっていた。

 どれだけ尋問を繰り返しても、反応が変わらない私に辟易としたのだろう。


「なんで、そんなこと……?」


 私は絶望に顔を青くする。

 その様子を見て、面白がっているのかしれない。

 愚かさの代償を、これ以上ない形で突きつけられたのだから。


「国民が求めているのが、派手な処刑ショーだ。そろそろ自白する気になったか?」

「……無駄、です」


「意地を張って何になる?」

「――何にも、ならなくても。私は、行かないと」


 うわ言のようにつぶやく。

 


「このままでは、国は、滅びる」


 私はディールに訴え続ける。

 何かを変えられると信じて。


「滅びて当然だろう、こんな国。すべて貴様のせいだ」

「そう、すべて、私のせい。だから、私が、どうにか、しないと」



 恥知らずと罵られることも覚悟で。

 私の頭には、一人の男の姿が頭に浮かんでいた。

 


「エルフの里。リットに、世界一の結界師に、助けを――」


(最初から、分かっていたことじゃない……)


 結局のところ、この国を救えるのはリットしかいないのだ。

 彼こそが、最後の希望だったのだ。

 リットという結界師は、何をしてでも国に繋ぎ留めておくべき英雄だったのだ。



「今さら戻って来いだと!? 自分の都合で追い出しておいて、国が滅びそうだから戻って来いだと?」

「……そんなこと、分かってる」


 血がにじむほどに、唇を噛みしめる。

 一度は追放しておいて、どの面下げて頼もうというのか。

 あまりにも情けなかった。


 それでもリットにしか、この国は救えないのだ。

 彼は正真正銘の天才なのだろう。

 今となっては、彼の慈悲に縋る以外の選択肢が無かった。



「貴様の父と弟を、ずっと傍で見てきた――王族とは、みなああなのか? 腐りきっている。こんな国は、滅びてしまえば良い!」


 エリーゼ王女への復讐だけが生きがいだった男は、滅びを目前にした国を見ても――無感動に騒動を眺めるだけだった。


「まだ、取り返せるものが、あるなら……」


 死ぬその時まで一生をかけて償わなければならない。

 それはもはや、強迫観念にも近かった。



「……忌々しいやつめ」


 最後にディールが吐き捨てた言葉が、やけに印象的だった。

 



◆◇◆◇◆


「貴様の弟と父は、いまだに醜い権力争いをしていたぞ。暴徒と化した民に城を囲まれているのにな?」


 明確な破滅の足音。

 ――ついにその時が訪れる。


「対策…は。今まで、何を……?」

「貴様の父も弟も、国外に逃げる気だよ。混乱する民を残してな――」


 もちろんそんなことは許さないがな、と尋問官は昏く笑う。


「今度は愉しい"尋問"になりそうだ」


 そう嗤う男の顔を見て、私はゾクリとした。この男は暴徒に襲われて命を落とすその瞬間まで、そんな生き方をするのだろうか。



「今日で貴様を解放する。私では貴様を自白させることは、出来ぬようだからな」

「か、解……放?」


 突然のことだった。


 腕に取り付けられた拘束具が、私をさんざん苛んだ魔封じの魔法陣と一緒に外される。まともに立つこともできず、私は崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。


「立て、これは命令だ」


 やはり容赦ない。

 必死に足に力を込めて、手をつきヨロヨロと立ち上がる。


「こっちだ。さっさと歩け」


 ふらふらになった私が案内されたのは、黒々と広がる巨大な穴の前だった。弟から情報を盗み取り知った、王族だけが知る秘密の抜け道らしい。


「道なりに進み、洞窟を抜けて進み続ければ、エルフの里がある――そう言われている」

「……どう、して?」


 答えは与えられなかった。ボロボロになってうずくまる私を、ディールは無理やり立たせて力ずくで穴に突き落とした。



「やれるものならやってみろ」


 呪いのように、あるいは祈りのように。

 淡々と言葉が投げ掛けられる。



「無様に生き延びて、国が滅ぶところを目の当たりにして、あらためて絶望するが良い。それでもみすぼらしく生き延びて――惨めに最期を迎えるが良い」


 最後までディールがなにを考えているか、分からなかった。



 深い――深い穴だった。

 どこまでと、転落していく。


 上で爆発音が響く。

 何かが倒れる音とともに、遠くに見える光が失われる。ディールは容赦なく、父たちの逃げ道を塞いだのだ。暴徒と化した国民に囲まれた王都は、決して逃れらねぬ牢獄だった。


 穴を落ち続け――私はワラの上にどすんと着地した。


(エルフの里ーー世界一の結界師。この国にとっての最後の希望)


 うわごとのように呟きながら、私は歩き始めた。

 真っ暗な洞窟の中を手探りで。

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