47. 結界術と魔法、無限の可能性

 結局、結界はフェアラス(ティファニアの兄の王子)に引き継ぐことにした。最初は人間の結界師に何ができるのかと懐疑的だった彼も、今ではすっかり俺のことを守護神と慕っていたのだ。


「守護神からの直接の頼みならば! 期待を裏切らないよう、全力を尽くそう」


 そう口にした彼の姿は、どこか誇らしげだった。




(エルフの里のことは、フェアラスを信じるとして……)


 俺は王国に戻った後のことを考える。

 問題は山積みだった。


 そもそも張り直す結界をどうするか

 結界を張っている間の守りについて。

 モンスターに侵入された領域は、見捨てるしかないのか。

 張り直す結界は俺がどうにかするしかないとして、その他は――


「アリーシャが付いてきてくれるなら頼もしいな」

「お役に立てるよう頑張ります!」


 危険な場所に向かう依頼。それにもかかわらず、アリーシャは気合十分だった。


「アリーシャに教えるべきは、魔法の威力を高める――」

「あ、私もアクセサリが欲しいです! ティファニアだけずるいです……」


 ちゃっかり要求を口にするアリーシャ。


(こうして素直に望みを口にしてくれるようになったのは、嬉しいけど……)


 魔法の発動を紋章に頼るアクセサリは、アリーシャの長所を打ち消してしまうだろう。この子の魔法の才能を、最大限活かすべきだ。



「アリーシャは、結界術と魔法の両方が使えるしな。あのアクセサリは必要ないだろう?」

「そうですけど……」


 思いっきりジト目で見られ、内心で冷や汗。


「待ってますからね!」


(……これは本格的にエマを頼るときが来たようだな)


 ニコニコと楽しそうな表情に、たしかな威圧感をのぞかせて。そんなことを言うアリーシャに、俺はこくこくと頷くことしか出来なかった。




 気を取り直して、俺はアリーシャに言葉をかける。


「結界術と魔法を組み合わせ。アリーシャは、結界に撃ち込む魔法を自分で用意できるからな。紋章で決まった魔法を撃つより、絶対に応用が効くと思うんだ」


 ちなみに俺は、魔法はからっきしだ。

 だから必要があれば、紋章に頼ってきた。ティファニアに渡したアクセサリも、紋章から魔法を射出するタイプだ。


「私の魔法なんて、師匠の結界術に比べればつまらない才能ですよ?」

「結界術と魔法の両方に詳しい。アリーシャは、そのアドバンテージを正しく理解するべきだ」


 自嘲するように言うアリーシャに、俺は思わず口を出す。


「その魔法の才能は、間違いなくアリーシャの努力の証だ。それはきっと、結界術を次の領域に押し進めるものになると思う」

「これまで数々の常識を破壊してきた師匠が、いったい何を……?」


 困惑したように言うアリーシャ。



「結界に魔法を撃ち込んで、何らかの現象を発動させるとして。その効果は何によって決まると思う?」

「結界の魔力伝導率と、術式の効果内容ですよね?」


「大事なことを忘れてるだろう……」


 アリーシャは首をかしげる。


「魔法だよ、魔法。何によって決まるか大雑把に言えば、結界と魔法のふたつだ!」

「それはまあ、そうですが……」


「そうだな。例えば――」


 俺は空中にサラサラっと魔力増幅の魔法陣を生み出す。


「魔力増幅の魔法陣ですか?」

「ああ、結界の部品としてもよく使うよな?」


 こくり、と頷くアリーシャ。


「これにウインドカッターを打ち込んでみてくれるか?」

「こうですか?」

 

 アリーシャが放った風魔法を受け、魔法陣は輝きを増す。同時にアリーシャの放ったウィンドカッターも威力を増幅させ、


シュパーン!


 と音を立てながら、傍に生えていた木を切断した。


「……すごい威力だな。念のためこの辺を、結界で覆っておいた方が良いだろうな」

「魔法を遮断する結界ですね。受けた魔法を強化して吐き出したり、威力をゼロにしたり。結界術というのは、本当に何でもできますね……」


 アリーシャは、感心したように呟く。

 


「じゃあ続いて、ファイアボールとアイスニードル・ストーントーチを――」


 俺が指示したのは、4属性の下級魔法。

 続く指示に不思議そうに首をかしげながらも、アリーシャは言われた通りに魔法を放つ。放たれた魔法は、寸分違わず魔法陣をくぐり抜けた。


ゴオォ


 飛んで行った火の玉は、魔法陣をくぐり抜けると凶悪な音を立てながら巨大化。そのまま結界まで突き進み、吸い込まれるように消滅する。続く氷の針、土塊も同様だった。



「……師匠の結界術は、やっぱりとんでもないです。とても下位魔法とは思えません! まるで別の魔法みたいな威力です!」

「そういう魔法陣だからな」


 目をキラキラさせるアリーシャ。

 どうも結界術に意識が行ったようだが、


「同じ結界に対して、撃ち込む魔法を変えるだけで現象をガラッと変えられる。これがどれだけすごいことか、アリーシャなら分かるだろう?」

「はい、下位魔法の威力ではありませんでした! 本当に師匠の発想力と、結界術はわけがわからないです」


「いや、そうじゃなくてな……」


 俺は否定する。



「魔法と結界術の組み合わせ。注目するべきは、魔法陣ではなく撃ち込んだ魔法だ。これは4属性の魔法を自在に使いこなす――アリーシャだからこそ輝くんだ」

「え? さっきの現象は、師匠がどんな魔力も受け入れるように、魔法陣を整備していたおかげですよね?」


 俺は、ゆっくりと首を横に振る。

 あの一瞬で、そんな複雑なことできるわけがない。



「いいや。あの魔法陣は、何も手を加えていないシンプルなものだ。シンプルだからこそ、何が来てもエラーは起きづらく――何だって受け入れる」

「……つまり?」


「撃ち込める魔法の多さが、そのまま発揮できる結界術の多さに繋がるんだ」


 魔法陣でやった事といえば、アリーシャの魔法を強化しただけ。正直なところ、効果は魔法の延長上に過ぎないが――それも広義には結界術式と呼べるだろう。



「もしかして!」


 アリーシャはハッとした表情で、空中に魔法陣を描く。彼女の性格が現れたような丁寧な施術で現れたのは、


「属性変換と魔力増幅の魔法陣を束ねたのか」

「はい! ふたつの効果を発揮する魔法陣は便利だと教わったので!」


 驚く俺に、アリーシャは嬉しそうに言う。

 アリーシャは、複数の魔法陣を1つにまとめる緻密な設計を、フリーハンドで空中に描いて見せた。たしかな弟子の成長に、俺も笑みを隠し切れない。




「こうしてを――ウィンドカッター!」


 そうして射出された風属性の魔法。

 しかし発生した現象は――



「う、ウソ!? これはどうやら、スプラッシュに似た現象ですね!」


 アリーシャの描いた魔法陣は、蒼色に淡く光る。

 立ち昇る小規模な水柱――それは到底、風属性の魔法ではない。



「お手柄だ、アリーシャ! 魔法陣により魔法が変換されたんだろうな」

「こんなに上手くいくとは思いませんでした」


「そうだな。ウィンドカッターを、拡散するように放ったらどうなるんだ?」

「やってみます!」


 アリーシャの魔法の腕前は本物だ。

 俺の曖昧な指示を受けて、彼女は広範囲に渡るウィンドカッターを射出――その一部が魔法陣に吸い込まれる。


「ふむ、興味深いな」

「本当ですね、こんな変化があるなんて!」


 アリーシャと俺は興味深く、発動した現象を見つめていた。

 先ほどよりも水柱の勢いは弱まった変わりに、より広範囲に魔法が行き渡っていた。



「思った通りだ。打ち込む魔法のわずかな違いで、同じ魔法陣に撃ち込んでも発生する現象は別物になる。アリーシャのような魔法上級者には、新たな力となるんじゃないか?」


 アリーシャは、俺の言葉を吟味するように考え込んでいたが、



「……効果がここまで変わってしまう上に、発動する現象の予測がつかない。実戦で使うのは難しそうですね」


 アリーシャはそう呟く。


(たしかに安定性を取るなら、魔法陣と紋章を組み合わせた方が優れてるんだよな……)


 でも――


「でも――面白いです!」


 根が真面目で好奇心旺盛。その目は、キラキラと輝いていた。

 ああ、やっぱりアリーシャも俺もどこか似たもの同士なのだ。

 


「この魔法陣に、あの魔法を組み合わせたらどうなるか。そもそも魔法陣の効果を組み換えたらどうなるか――考えるだけで楽しいです!」

「ああ、本当に興味深いよな! こうも上手くいくとはな……これだから結界術は止められないんだ。そしてこの可能性は、結界術と魔法の両方に精通したアリーシャ――おまえだからこそ、見つけられたものだ」


 発動した魔法を結界に注ぐ方法には、無限の可能性が込められているのだ。

 それは結界師にとって未知の可能性。



「魔法は魔法、結界術は結界術。完全に分けて考えていました。組み合わせるだけで、こんな可能性が広がるんですね。さすが師匠です!」

「いや、俺が口にしたのは単なる机上の空論だ。実際に実演してみせたのはアリーシャだ。こんなに優秀な弟子に恵まれて――俺は本当に幸せだな」


「――師匠! 私も師匠の弟子でいられて最高に幸せです!」


 しみじみと呟く俺に、アリーシャは嬉しそうに笑みを浮かべた。




「――というわけでアリーシャには、王国に戻るまでに魔法と結界術の組み合わせを、出来る限り試して欲しい」

「私の役割は、師匠が結界を張り直す間の時間稼ぎですね」


 俺の言葉に、アリーシャは緊張したように返す。

 モンスターを直接相手取る必要のある役割で、当然ながら危険も大きい。申し訳なく思いつつも、俺は頷く。


「モンスターと戦う危険な役割だ。申し訳ないが――」

「謝るのは禁止です。私がわがまま言って、付いていくんですからね?」


(そ、そうだったな……)


「ありがとう、アリーシャ。頼りにしているぞ?」

「はい、任せてください!」


 胸をグッと張って、アリーシャはそう答えた。



 アリーシャの助力が得られるのは、戦力的にも非常に大きな変化だった。凄腕の魔法使いは、それだけでモンスター相手の切り札となり得るのだ。彼女の力があれば、既にモンスターが侵入してしまった地域を取り戻すことも可能かもしれない。


(……いや、それは流石にアリーシャの負担が大きすぎるか)


 アリーシャを危険にさらすわけにはいかない。

 何よりも重要なものはアリーシャと、エルフの里。その順番は、決して間違えてはいけない。

 それでも――



(モンスターに奪われた地域に割って入れるだけの戦力。せめてもう何人か、モンスターを相手取れる奴がいればな……)


 そんなことを考えながら。

 俺とアリーシャは、宿に戻るのだった。

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え、宮廷【結界師】として国を守ってきたのにお払い箱ですか!? 〜結界が破られ国が崩壊しそうだから戻って来いと言われても『今さらもう遅い』エルフの王女様に溺愛されてスローライフが最高に楽しいので〜 アトハ @atowaito

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