8. ようこそ、エルフの里へ!

「はっはっは、アリーシャは面白いことを言うな?

 いくらエリーゼ王女がアホだと言っても、まさか聖女の力を過信して、近衛隊だけを連れてモンスターの鎮圧に向かうなんて……そんなバカなことするはずが――」


 ないよな、流石にな……?

 聖女の力を役に立てたいなら、まずは訓練に打ち込むべきだ。そして、そもそも王女の役割はそこじゃない。築いたコネを使って、一刻もはやく次の結界師を探すべきだ。


 エルフの里への移動には、馬車を使うことにした。

 一緒に国外に避難する国民の中には、運送屋を営む者がいたのだ。大人数での移動となったが、快く良く受け入れてくれた。



「旦那さまがあれだけ言っても、まるで聞く耳を持たなかったんですよ? 危機感も何もなかったんじゃないですか?」

「師匠の忠告を聞かなかった報いです」

「案外、手柄を立てるちょうどよいチャンス! ……ぐらいにしか、思ってなかったんとちゃう?」

 

 アリーシャとティファニアは、いまだにぷんすかと怒っていた。面と向かってバカにされたときは髄分と腹が立ったもんだが、今となってはすこぶるどうでも良かった。

 これから行く場所に、興味が移ろっていたのだ。



「あれがエルフの里か?」

「はい、旦那様!」


 ティファニアが、嬉しそうに俺の腕にからみつく。


「さすがは旦那さまです!

 一族に伝わる秘術・隠匿結界も、あっさりと見破ってしまったのですね」


 秘術だと? バレバレすぎて、ほんとうに隠す気があるか疑ったぞ。


「受け入れ準備のせいで、忙しくてメンテナンスが追いついてないのか? それなら、悪いことをした……。お詫びと言ってはなんだが、結界の修繕は手伝うぞ?」

「秘術は万全の状態なのですが……。

 いいえ、なんでもありません! いずれはエルフを束ねる身です。世界一の結界術、近くで見て勉強させてもらいます!」


 また大げさなことを。でも、そう言われて悪い気はしない。

 ティファニアは、俺に気を遣わせないようにそんな言い方をしてみせたのだろう。どこかのアホ王女に爪の垢を煎じて飲ませたい。



「ティファニア! 離れてください、師匠のことは渡しませんよ!?」

「いやです! あなたこそ、ずっと旦那様を独占してきたじゃないですか。

 夫婦が腕を組んで、なにが悪いっていうんですか!」


 ぷくっ~っと膨れるティファニアは、見た目も相まって幼い少女にしか見えない。エルフの中では最年少に近くても、俺よりは年上なんだよな……。


「ふっ、夫婦!?」

「そうです! 私と旦那様は、将来を誓いあった仲なんですよ!」


 まったくもって記憶にないんだが?


 ドヤ顔のティファニアに対抗するように、アリーシャは無言で俺の腕を引っ張る。ティファニアがひっついていない方の腕を。

 対抗するように、ティファニアも俺の腕を全力で引っ張り――


 なんだなんだ、なにが起きてるんだ?

 目を白黒させる俺に、


「リット様、たまには私たちの村にも様子を見に来てくださいね?」

「ウチはまだ、あんたのこと諦めたわけやないからな!」


 リーシアたちが、ぶんぶんと腕を振りながらそんなことを言った。そんなに念押ししないでも、ちゃんと結界を点検するために定期的に向かうつもりだ。安心してほしい。

 そんなことを考える俺を見て、ティファニアがべーっと舌を出した。



 そんな他愛のない話を続けて――ついにエルフの里に到着する。

 

「旦那さま。ようこそ、エルフの里へ!」

 

 とてとてと走って行ったティファニアは、ぱっと振り返り天真爛漫な笑みを浮かべる。あまりの無邪気さに、思わずこちらまで釣られて笑顔になってしまう笑み――思わず見惚れてしまった。

 ツンツンと面白くなさそうなアリーシャに脇をつつかれ、ようやく我に返る。



「ティファニア、これからよろしくな」

「はい。ふつつかものですが、よろしくお願いします!」


 ティファニアはペコリと頭を下げた。

 これからはじまるエルフの里での日々を祝福するように、太陽がさんさんと降り注いでいた。

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