19. レッドボアの群れが攻めてきたらしい
更新が終わった後に、念とため普段つかうであろうティファニアに起動確認をしてもらう。
「――な!? 結界の輝き方がいままでとはまるで違います!」
「ああ、いろいろな魔力を組み合わせることで、効果は何十倍にも跳ね上がるからな」
魔力を注ぎ込んだティファニアが、その結果を見てあぜんとしていた。この里での暮らしが長いものなら、結界の強度の違いにも敏感なのだろう。
「こ、これなら宿敵のレッド・ボアの侵入だって防げるかも……」
「レッドボア?」
それは突撃することしか脳の無い、イノシシ型のモンスターのことか?
「はい、弓をモノともせず突っ込んできて一突きで私たちを葬る――恐ろしいやつです」
隠遁結界の効果も薄く、これまで何人もの仲間が殺されました……と心優しきエルフの王女は悲しそうに言った。
「火属性のモンスターに、この結界では効果が薄かっただろうからな。さっきのアップデートでだいぶマシになったと思うぞ?」
「そ、それは本当ですか?」
ティファニアは信じられないというように目を瞬いた。長年、エルフの里を脅かしてきた宿敵。そう簡単に信じられないのも無理がないのだろう。
――そのときだった。
「ティファニア様! 大変です、レッド・ボアの大群がこちらに向かってきています!」
走り寄ってきたのは、高台での見張りを任されていたエルフの青年。世界の終わりを目の当たりにしてしたような顔。
「ウソ!?」
「隣国で結界が破られた影響で、近隣のモンスターの気性も荒くなっているようです」
ティファニアもこの青年も、たかだかBランクモンスターの群れに、何をそんなに怯えているのだろう。欲しい素材を持っているモンスターなら、こちらから撃って出るところだ。
「さらに、群れを率いている個体は――明らかに、他とはサイズが違うという情報もあり……」
「ま、まさかエルダー・ボア?」
ティファニアは顔を青ざめさせた。エルダーボアの率いる集団は、個々の個体の能力が跳ね上がるほか、群れがひとつの意思を持つかのように連携を取ってくるなどと言われている。
「エルダーボアに滅ぼされた里は、ほかにもいっぱいあるんだよね。この里ももう終わりなの?」
「ああ、くるべき時が来てしまったのだよ……」
ティファニアが泣き出しそうな顔で呟けば、エルフの青年も覚悟を決めたように呟いた。
「旦那さま、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ありません。私たちが足を止めている間に――旦那さまたちは逃げてください」
ティファニアは、震えながらもそう言った。死をも覚悟した凛々しい表情、王族としての誇りに殉じる覚悟。
「戦える人は、すぐに迎撃準備を! 私もすぐに向かいます――」
「いいや、必要ない」
思いのほか、はやく出番が来たようだな。いったい何のために、俺がここに来たと思っているのか。
「え、旦那さま。それはどういう?」
「結界の効果を試す良い機会だろう」
「さ、さすがに旦那さまの結界でもエルダーボアの率いる群れを防げるはずが……」
「いいや、誰が防ぐなんて言った?」
俺は好戦的な笑みを浮かべる。
「全滅させてやるよ、群れごとな」
エルフの見張りは、俺の宣言を半信半疑で聞き、結局は「念の為準備を進めておく」と言い残し去っていった。万が一にも討ちもらしたら大変だし、ありがたい話だ。
「全滅させるって、いったいどうするんですか?」
「まずは相性の有利を取る。まずは水属性の変換効率を最大にして――」
時間があれば、さらに術式をアップデートして攻撃的な性能を上げてもも良いのだが、さすがに時間が足りない。
そのような状況下で、モンスターを蹴散らすためには――
「攻撃魔法をそのまま魔力として結界に流し込む」
「……は?」
「し、師匠。今なんと?」
「攻撃魔法をそのまま魔力として結界に流し込む」
アリーシャとティファニアは、ついには固まってしまった。結界の性能が足りないときに、それを魔法で補えば良い――それはアリーシャに影響を受けた発想だった。
なぜそんなに頭を抱えているのだろう。おかしなことを言ったつもりは、無いんだけどな。
「俺は魔法はからっきしでな。本来はアリーシャの専売特許なんだが――今回はこれを使う」
そう言って腰から取り出したのは、
「あ、ウチの商品!」
「ああ、本当に優秀な紋章だ。いつも世話になってるぞ」
鍛冶ブランド・エマの目玉商品。魔法を使えない人でも、魔法の恩恵に預かれるようにするための――紋章と呼ばれる魔道具。
俺は制御台に立つと、紋章に魔力をとおして魔法を発動。ウインドカッターと呼ばれる風の初級魔法。それを結界に流し込む。
「うそ? 本当に結界が起動しちゃいました!」
「師匠、魔法にもこんな使いみちが……」
「ウチの商品にそんな使い方があったなんて!」
魔法だって魔力には違いない。理屈的には当然のことだ。
これで準備は万端だ。
「レッドボアの群れ、来ます!」
どれほど待っただろう。伝令魔法で何か情報を受け取ったティファニアが、険しい顔でそう言った。
緊張で顔がこわばっていた。迫ってくるのは、エルフにとっての宿敵。当然の反応だろう。
「ティファニア、安心してくれ。こういう日のために来たんだ――必ずエルフの里は守ってやるさ」
「旦那さま……!」
ティファニアは、不安そうに瞳をうるませていたが
「はい! 旦那さまは世界で一番の結界師です、信じます!」
精一杯の笑みを浮かべて、気丈に笑ってみせた。
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