36. エルフの王女のちょっとしたワガママ
「ところで師匠は、ここで何を?」
アリーシャは表情をまじめなものに切り替え、そう聞いてきた。
「昨日のこともあって、やはり結界が気になってな。どうにかモンスターの素材が手に入らないかと考えていたところだ」
「モンスターの素材……ということは触媒ですね?」
「ああ。いくら術式を変えても、触媒も無しでは限界があるしな」
俺はうなずき返す。
(この辺りは随分と平和みたいだけど、油断するわけにはいかないよな)
現れるモンスターは非常に少なく、強さも王国に現れるものと比べたら微弱なもの。エルフの里は平和そのものだった。
(というより、王国周辺だけおかしくないか?)
……そんな筈ないか。俺が知っているのは、アリーシャたちの故郷の様子ぐらいだ。その周辺のモンスターだけが、比較的おとなしかったのだろう。
どちらにせよ、その理由までは分からない以上、何が起きても良いように、盤石の備えをしておきたかった。
「旦那さま、触媒ってなんですか?」
きょとんとした顔のティファニアに説明したのは、ドヤ顔のアリーシャだった。
「結界には魔力と術式の親和性を高めるために、核となる物ーー触媒を埋め込むことがあるんです」
「え、そんな技術があるんですか?」
ティファニアは素直に感心しきった様子だった。
「ちなみに、これも師匠が考案されたんです! 同じ魔力・同じ術式のはずが、何故か効果だけが爆発的に増える――まさしく神の所行でした!」
「発想としては、攻撃魔法をそのまま結界に流し込むのと近いぞ? 試したことはないが、その2つを組み合わせることも出来ると思う」
アリーシャとティファニアは、揃って目をまんまるにした。今度、実際に実演してみせるのが良いかもしれないな。
「……というわけでモンスターの素材が欲しいんだが、どこか心当たりはないか? 最低でもBランク、可能ならAランク以上の風を主体とするモンスターの素材が好ましいんだが」
「そ、そんな。Aランクって、エルダーボア級じゃないですか! そんなもの、素材どころか倒せる人もなかなか居ませんよ!?」
俺の要望を聞き、ティファニアは悲鳴のような声を上げる。
エルダーボアーは跡形もなく、完全に消滅してしまったらしいからな……余裕がなかったとは言え、もったいないことをした。
「そこら辺の心配は不要だ。おすすめの狩り場さえ教えてもらったら、あとは俺とアリーシャでどうにかするさ」
「えっ!?」
なにやらアリーシャが悲鳴をあげている。
一流の結界師になるためには、そろそろ触媒ぐらいは自力で調達できるようにするべきだろう。そろそろ連れて行って、素材の善し悪しを見極められるようになってもらおう。
「あの、旦那さまは結界師ですよね?」
「そのつもりだ」
「それなのにモンスターを倒しに行くのですか?」
「それが一番、手っ取り早いだろう?」
結界に使う触媒だって、鮮度が命だろう。そんなにおかしなことだろうか?
「あまりエルフの里を留守には出来ないからな。欲を言えば浅い階層でAランク以上のモンスターと出会えて、数も取れるようなダンジョンが好ましいんだが……」
「じょ、冗談ですよね……旦那さま? そんなダンジョンが近場にあったら、とっくの昔にエルフの里は滅んでますよ?」
ティファニアは困ったような笑みを浮かべる。
(いやいや、そんな訳……)
笑って受け流そうとしたが、ティファニアの表情は真剣なもの。
俺は思い出す。
ダンジョンのモンスターは縄張り意識が強く、滅多なことがなければダンジョンの外側に出てくることはない。それでも何らかの拍子に飛び出してしまった時にはーー救援要請が届いたな。
素材入手のチャンス! と我先にと飛びついたが、不思議と集まっていた冒険者の表情は暗かったっけ。
(もしかしてダンジョンって、危険な物なのか……?)
「ということは――近場には無いのか?」
「はい。旦那さまにとっては……残念ながら?」
俺がしょんぼりと尋ねると、ティファニアは肯定。
「その反応。旦那さまにとってモンスターとは、素材を落とす生物でしかないんですね……」
「そんな訳ないだろう。戦いかたを間違えれば、どんなモンスターが相手でも死の危険はある」
人間は決して強者ではない。俺なんて結界のない場所で襲われたら、ひとたまりもないだろう。
「ならどうして、そんな危険をおかしてまで?」
「本当ににやばいモンスターへの対抗策を手にするためだ。今に甘んじてどうしようもなくなってから、後悔だけはしたくないからな」
それは誰のためでもなく、自分自身のプライドの問題だった。
「旦那さまは、やっぱり凄いです。私には、何も出来ませんでしたから」
ぽつりとティファニアが呟く。
(そんなことはないと思うけどな)
俺をエルフの里に迎えたのも、王子の反対を押し切って隠遁結界を触らせたのも、すべて彼女の決意によるものだ。ティファニアの果たした役割は極めて大きかったと言えるが――この少女は満足していないのだろう。
思い悩むティファニアに声をかけたのは、会話の行く末を見守っていたアリーシャであった。
「ティファニアさん。あなたも師匠の弟子を名乗るなら、つまらない常識なんて捨て去ることです!」
「常識を……捨て去る?」
大真面目な顔で、アリーシャは何を言いだしたんだ……?
「そうです。ティファニアさんに必要なのは、本当に大切なものがあるなら、どう思われてもやり遂げると、そう思える覚悟です。師匠はいつも行動で示しています」
まったくもって事実無根である。なのにティファニアよ、どうして「なるほど!」みたいに、しきりにうなずいてるんだ?
「いつまでも常識の範囲内にいては、師匠の弟子は名乗れませんよ?」
「うう、精進します……」
いや、普通に常識の範囲内にいて欲しい。そんな俺の願いはどこにも届くことはなく、アリーシャの言葉は締められた。締められてしまったーー!
そんな会話を経たティファニアは、何を思ったのか、
「私も素材集めに同行させてください!」
そんなことを頼み込んで来るのだった。
……ええ? どうしてそうなるんだ!?
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