37. 今さら取り消しなんて、許しませんからね!

 俺たちは、エルフの里の結界を強化するための触媒を手に入れるため、素材集めに向かうことを話していたはずだ。なのに――


「ええっと、ティファニア。もう一回……言ってもらえるか?」

「私も素材集めに同行させてください!」


 聞き間違いではなかった。

 困ったことになった。相手はエルフの里の王女様だ。俺のような、ただの結界師とは訳が違う。



「ティファニアさん、自ら立場をちゃんと自覚して下さい。エルフの王女を、そんな危険な目に遭わせられる訳ないじゃないですか!」

「そうだぞ、ティファニア?」


 説得しようとするも、ティファニアの決意は堅い。



「私がいなくても、エルフの里は問題なく回ります。でも旦那さま――守護神を失ったら、この里は不安な日々に逆戻りです。それなのに待ってるだけなんて、絶対に嫌です!」


 エルダーボアを相手に、世界の終わりが訪れたような顔をしていたエルフの里の人々の様子を思い出す。ティファニアの必死の表情に、俺は返す言葉を持たなかった。


(ティファニアにとって。エルフの里の人にとって、俺の結界術は心の拠り所なんだ)


 そう思ってもらえることは、結界師冥利に尽きると。それでも、その意味を深く考えたことはなかった。

 気まずい沈黙が訪れる。



「えへへ、もちろん冗談です。旦那さまもアリーシャさんも驚いています! これで私も……少しは、常識の外に近づけましたかね?」

「ティファニア……」


 俺が考え込んでいると、ティファニアはおどけたように笑った。俺たちが困っているのを察したのだろう。

 マイペースなようで、ここぞという時にはしっかり空気を読んでしまうのだ。



「ごめんなさい、分かってました。私が付いていったところで、余計なリスクが増えるだけ――迷惑ですよね?」


 否定は、出来なかった。魔法使いとして優秀なアリーシャはともかく、ティファニアを戦力としてカウントするのは難しい。



「ちょっとしたワガママでした。忘れて下さい」


(ワガママ、か)

 

 自分の知らないところで、取り返しの付かないことが起きたらどうしようという不安。蚊帳の外にいるまま不安な時を過ごすぐらいなら、せめて付いていくことを許して欲しい。国を想えばこその、そんな優しいワガママ。



 ティファニアはうつむく。もどかしそうに唇をかむ。――更にその瞳がうるみ、うっすらと涙を覗かせたのを見て……


「……わ、分かった! 付いてきても、構わないぞ?」


 思わずそう答えてしまう。


 変化は劇的だった。ティファニアはケロッと涙を引っ込めると、パーッと花が咲いたような笑みを浮かべる。


「やった! やっぱり、旦那さまは優しいです!」


 そのまま流れるように俺に抱きつこうとするが、アリーシャが光の速度でブロック。上機嫌のティファニアとは反比例するかのように、むす〜っとした顔だった。



「旦那さま! もう約束しましたからね、今さら取り消しなんて、許しませんからね!」

「ティファニア、おまえなあ……」


 ……意外な一面を見た。俺が呆れて見返すと、舌をペロッと出した。

 

「師匠? おんなの涙ほど、怖いものはないですよ。よ~く覚えておいて下さいね?」

「あ、ああ。肝に銘じておこう……」


 アリーシャはそんな俺の様子を、じっとりした目で見てきた。むむ、コロッと騙されるような単純な師匠で悪かったな!



「はあ、師匠とのダンジョンデート。楽しみにしてたのに」

「ふっふっふ。そう簡単に抜け駆けはさせませんよ?」


 ……なにやら言い合っているみたいだな?

 気になるところだが、ティファニアを連れて行く気なら、もう少し考えなければいけないな。

 


「ティファニアもアリーシャも、この後、少しだけ時間を貰えるか?」


「もちろんです。師匠との時間以上に、大切なものなんてありません!」

「旦那さまの頼みとあれば、いくらでも!」


(すごい勢いだな!?)


 ちょっと気圧されながらも、俺は説明していく。


「ダンジョンに行く準備として、結界術の応用で護身用アクセサリを作ろうと思ってな。2人に協力して欲しいんだ」


 アリーシャはもともと、天才と呼ばれる魔法使いだった。ダンジョンの中でも、最悪、ある程度は自分の身も自分で守れるだろう。何より1人だけなら、俺が守りきる自信があった。

 しかし2人となったら、話は別だった。


(万が一があったらいけないからな)


 全幅の信頼を寄せられた愛弟子に、エルフの里を今後導いてく王女様。万が一は許されない。慎重すぎるぐらいで丁度良い。


 ――それだけでなく

 結界に魔法を打ち込むというアプローチを試してから、新しいアイディアが思いついて仕方ない。無性に試したかったのだ!




「旦那さまが生み出す護身用アクセサリ。……なんでしょう、恐ろしいものが生まれる気がします」

「ティファニア。師匠のキラキラした眼を見て下さい。ああなった師匠は――ヤバイです。気を確かに持って下さいね?」


「アリーシャがそこまで言うって、何を見せられるの!?」


 悲鳴をあげるティファニア。相変わらず、楽しそうにじゃれ合っていた。


(2人の期待に応えられるような、すごい物を作らないとな!)



 新たなアイディアに思いを馳せ、俺はますます気合いを入れる。

 向かう先は鍛冶師・エマ。ときおり俺の思いつきに付き合わされる苦労人の少女だった。

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