28.【王国SIDE】エリーゼ、地下牢の中で絶望する

 私が連れてこられたのは、重犯罪者ばかりが集められる地下牢だった。暗くてジメジメした陰湿な空気。貴族が住む場所にしては、衛生環境も最悪だった。

 一筋の灯りすら入らぬ薄暗い個室。そこが、これから私が暮らす場所になるのだ。


「ん~! ん~!」


 個室の中に乱暴に突き飛ばされた。勢い余って倒れ込んだ私を気遣うものはおらず、そのまま後ろの鉄格子が締められる。



「結界師を追放したのも、国を滅ぼすためだったとはな!」

「結界を爆破して満足か?」

「国を滅ぼそうとする偽聖女め!」


(違う! 違うのに――)

 

「ん~! ん~!」


 鉄格子の外からは、容赦のない罵倒が浴びせられた。

 否定しようとしても、口の戒めが邪魔でまともに喋ることもできない。



「もうじき尋問官がやって来る。久々の仕事だと随分と張り切っていたな」

「親が結界師を追放するための人事異動に巻き込まれたと言っていた。随分と気合が入っていたぞ?」

「生粋のサディストとも噂だ。元・王女様が相手なら嬉々として取り調べをするだろう――すべての罪を、正直に告白した方が身のためだぞ?」


 衛兵たちの嗜虐的な笑み。国を混乱に陥れた者に対する恨みもあるのだろう。ここまでの、生々しい負の感情を向けられたのは初めてだった。



(国の混乱の責任を取らされる、とはこういうこと……)


 国民のストレスを発散するための公開処刑。想像するだけで、思わず気が遠くなった。私はこれから来たる未来に、怯えることしか出来なかった。




 ある意味で、私が恐れていた未来が来ることは無かった。

 今回の件を無事に乗り切ったら等と、国王はずいぶんと楽観的なことを言っていた。リットという世界一の結界師を失ったことの意味を、国王もアレクも――私自身すらも、まだ正しく理解していなかったのだ。

 おとずれる国の崩壊を止められる者など、もうこの国には居ない。



 そんな未来も知らず、私は地下牢で――目先に迫った恐怖にガタガタと震えていた。




◆◇◆◇◆


「結界を破壊したのは故意ではなかったと――あくまで事故だと、そう言い張るのですね?」


 目の前にはディールと呼ばれる尋問官の男が座っていた。

 衛兵たちの言葉のとおり、男は一切の容赦がなかった。何度、否定の答えを返しても決して聞き入れては貰えなかった。


「その通りよ。さっきから、ずっとそう言ってるじゃない!」

「そんなことあり得ないでしょう。新たに来て下さった結界師の3人も、4属性の結界に光属性の魔法を注ぐなんて、破壊以外の目的はあり得ないと言い切りましたよ?」


「……そんなこと、知りません」

「まさか、国の王女ともあろう方が! 聖女の称号の意味も、結界に魔力を注ぐ方法すら知らなかったと。そう言うのですか? そんな言い訳が通じると、ほんとうに思っているのですか?」


(……うっ。嫌がらせみたいに、人の落ち度を何度も何度も聞き返して……)



「聖女の力で結界を守護するなどとホラを吹いたのは、結界師を陥れるためですか?」

「聖女の力で国を守護できると信じていました」


 ディールは矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。

 彼の殺気の混じった視線に当てられたからか。

 それとも魔力切れにより思考力が奪われているせいか。


 私は素直に取り調べに応じていた。


「国を守護してきた世界一の結界師を追放したのは、国を滅ぼすためですね?」

「結界師が不要だと、本気で信じていました」


(私の行動……本当に国を滅ぼそうとしているみたいじゃない?)


 私はその内容に答えながら、改めて絶望する。

 こうして客観視してしまって気付くあまりの事実――ただただ絶望した。



 王位を目指すために、ずいぶんと卑怯な手も使ってきた。

 結界師・リットの追放も、その1つだ。堅実に国の未来を考えるなら、決して素人が踏みこんで良い領域でないと、何度となく繰り返し説かれたはずだ。結界師の大切さを知っていた貴族によって。

 その忠告に私は無視を決め込んだ。それだけでなく、あろうことか「邪魔だから」と容赦なく圧力をかけ地方に飛ばしたのだ。


(結界師を追放するための人事異動? ああ……)


 もしかして目の前のディールは、私のせいで――



「意識を失うことは許さない。黙って意識を飛ばしたら魔法陣を使ってでも叩き起こす。貴様に聞きたいことはまだまだある――楽しい時間が過ごせそうだな」


 その表情はあまりに淡々としていた。

 手の中には、色とりどりの魔法陣が握られている。


(それが仕事だとしても、趣味悪すぎでしょう?)


 一瞬で同情は消し飛ぶ。

 わずかに回復した魔力は、魔封じの魔法陣に根こそぎ奪われていた。

 このような状況で意識を保ち続けるなど不可能。

 これはディールによる私への復讐なのだ。



(それほどに恨みを買ってしまったんだ……)

 

 薄れゆく意識の中、私は初心を思い返していた。


 純粋に国を良くしたいと、そう願っていた時期もあった。

 そう思ったからこそ王位を目指そうと思って、それはどこかで歪んでしまったのだ。


 どこで間違ってしまったんだろう?

 どうして、こんなことになってしまったのだろう?



 あまりに気がつくのが遅かった。

 ――今さら後悔しても、もう手遅れなのは分かっている。


(いっそ、全ての罪を認めてしまった方が楽なんじゃない?)

(……それがどうしようもない私に出来る、せめてもの償いなんじゃない?)


「貴様は王女でありながら、国を滅ぼすために活動していたのだな?」

「……違う!」


 それでも、その言葉だけは認める訳にはいかなかった。



「そうですよね、本当のことを認めたら、公開処刑は免れない。なら、簡単には認められるはずもないですよね?」

「だって私は――王になって……」


「国を滅ぼすつもりでしたか?」

「……違う!」


「やれやれ、エリーゼ王女には素直になって頂けないようですね?」



 ディールはさらに、ガサガサと魔法陣を漁り始めた。

 また意識を失ったら、今度は魔法陣を使って叩き起こされるのだろう。


 ――心が折れるまで、ずっと

 これはディールにとっては復讐でもあるのだから。


 顔を真っ青にして涙を流す私を、ディールは楽しそうに眺めていた。



(これが、私が今までしてきた事の報い?)


 自問自問する。

 

(これで国が滅びたら、本当に私のせいじゃない……)

(国を滅ぼす偽聖女。最後には公開処刑――なぶり殺しにされる運命?)


 もはや何のために否定しているのかも、分からなかった。

 さっさと認めて楽になりたい。内心ではずっと思っているのに。

 既に心は折れかけているのに、それでも「国を滅ぼそうとしていたのか?」という質問には、どうしても「その通りだ」と答えることが出来なかった。


 何度となく意識を失い、そのたびに電流を流されて強制的に起こされた。

 ディールは、一切の容赦を見せなかった。

 永遠と思える地獄のような時間。


 私にとってあまりに長すぎるが、実際に経過したのは1時間か2時間だろうか?

 その時間は、私の心を絶望に染め上げるには十分なものだった。




◆◇◆◇◆


「……ディールさん、国王からの呼び出しです」


 牢屋でぐったりする私を一瞥したが、特に気にした様子もなく伝令の男がディールに声をかけた。



「なんでも、アレク殿下の連れて来た結界師に、問題があったとのことです。結界師について詳しいディールさんにも、是非とも意見を聞かせてほしいと」

「ええ? そんなこと聞かれても、俺には分からねえよ……」


 ディールが国王に呼び出しを受け、立ち去っていった。



(アレクの連れて来た結界師に問題があった?)

(穴が空いた結界を、修繕するはずの結界師よね。それに問題があるとしたら――私のせいで国が滅んでしまう?)



 考えたくもない未来を突き付けられた。

 それは公開処刑の可能性よりも、さらに恐ろしい未来予想図だった。

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