43. エリーゼ、牢屋に放り込まれる
勢いよく飛び出していったエリーゼは、その目に狂気にも等しい危うさを覗かせる。
「いや!」
咄嗟の判断だったのだろう。
ティファニアは、手にしたアクセサリに、ありったけの魔力を注ぎ込む。ダンジョン探索に使うための護身用アクセサリ――俺が贈ったものだ。
アクセサリは魔力を得て淡く輝き、そのまま風の刃となってエリーゼに向かう。
「こ、こんなもの!」
エリーゼは迫りくる風の刃を見て、目の前に盾を生み出した。高度な光魔法だ。並大抵の攻撃なら防げそうな強固な盾に見えるが、
「う、嘘」
風の刃は、その守りをあっさりと切り裂いた。
驚愕に目を見開いたのも一瞬。
エリーゼはそれを見ると、足もとに純白の魔法陣を生み出した。それを足場に横に飛びのき、どうにか回避しようとする。――が、あまりにも遅かった。
「ぎぃぃああああああ!?」
放たれた風の刃は、エリーゼの肩を深々と切り裂いた。体のバランスを失い、エリーゼは地面に倒れ込む。
「こいつ! よりにもよって、腹いせにティファニア様に襲いかかるとは!」
「取り押さえろ!」
ようやく我に返った兵士が指示を出した。何人かはティファニアを守るように移動し、残りの者はエリーゼに飛びかかる。
「どいて、どいてよ。私はこんなところで、諦める訳にはいかないんだから……」
「黙れ!」
エリーゼは痛みをものともせず、必死に抵抗しようとしていた。しかしもともと弱っていた身に、とどめのような一撃だ。
まともな抵抗など、出来るはずが無かった。
「ティファニア様を襲うなど、言語道断! すぐにでも処刑してくれる!」
そう声高に叫ぶ者に、
「それが人間の狙いかもしれません。王女殺害の罪で、我らに無茶な要求を突きつけるつもりでは!」
「しかし付近に、ほかの人間の気配は無かったぞ……?」
口々に言い争うエルフの里の者たち。
「言え! なにが狙いだ!」
「誰の命令でここに来た! なぜティファニア様を狙った!」
疑心暗鬼だった。
「私の独断です。リット様にお願いするためだけに……それなのに、私はまた取り返しのつかない過ちを――」
詰問されたエリーゼは、そう否定するのみ。抵抗は無駄だと悟ったのか、ただただ絶望の表情を浮かべていた。
すべての望みが断たれた今、彼女に出来ることは何もない。
「ウソをつくな!」
「さっきの態度も演技だったんだな!」
力なくうなだれたエリーゼを、糾弾する声が響く。黙ってうつむく彼女の髪を掴み、強引に喋らせようとする者。
エリーゼはされるがままになっていた。彼女はもう、すべてを諦めていた。ただただ後悔の念に駆られ、訪れる終わりを待っていた。
ついには、誰かが武器を手に取ってしまった。収拾がつかなくなりそうになったとき――
「そこまでです」
凛とした声が響き渡った。声の主はティファニア。
「止血剤を。このままでは命に関わります」
「な、何故ですか! これはエルフの里に対する宣戦布告ではありませんか。何としてでも、情報を吐かせ、その後はしかるべき処置を取るべきです!」
「彼女は護衛も連れずに現れた。王国にも見捨てられたか、独断で動いているか――そのどちらかです」
ティファニアの冷静な声は、熱しきってしまった場の空気を、急速に冷やしていく。
「それでも! ティファニア様に襲いかかったのは事実。あまりに危険です!」
「それも――たぶん大丈夫です。彼女がこれ以上、抵抗する意味がありませんから」
ティファニアは地面に押さえつけられたエリーゼに、どこか憐れむような視線を向けた。
エリーゼは、ひとことも発しなかった。
「そのものを牢に。あくまで処遇が決まるまでの仮の措置です。取り調べでも、乱暴な真似は決して許しません」
不満が無いわけではないだろう。
それでもこの場に集まった者は、ティファニアの言葉に従うことを選んだ。常日頃、ティファニアが集めてきた信頼の成せる技か。
彼女の判断を尊重したのだ。
そうして、エリーゼは牢屋へと連れていかれた。
たとえ命は助かっても、その願いは叶わない――それを悟っているからか。さきほどの騒ぎが嘘のように。まるで、魂が抜けたように。なんの抵抗もしなかった。
その瞳からは、ただただ絶望の涙が流れ落ちるのみだった。
決して許されないであろうことを理解しながら、必死に頭を下げ続けた姿。諦めきれないと涙を流す姿――そして最後に踏み切った行動。
これまでの過ちは決して消えない。これからも彼女を苛み続けるだろう。そのうえでなお、何かを助けるために、あそこまで必死になれるなら――
その様子を見て、俺はある決断をしていた。
「なあ、ティファニア」
「はい、旦那さま」
場の混乱を見事に収めてみせた少女に、俺は話しかける。俺の言葉は、きっとティファニアを悲しませることになる――それでも
「本当にごめんなさい。私のわがままのせいですよね。……私は旦那さまを、この地に縛り付けたかったわけではないんです」
先に口を開いたのは、ティファニアだった。
「いったい何に謝っているんだ? ティファニアは何も悪くない。すべては俺の決断だからな。この里を守るために――できることを全力でやっただけなんだから」
「やっぱり、旦那さまは優しいですね」
そう言って、エルフの王女は柔らかく微笑んだ。
「この里が旦那さまにとって、重荷になってしまうのは不本意です」
「別に重荷だなんて、思っていないさ。この里のことは大好きだからな――」
ティファニアは、最後にはいつものような無邪気な笑みを浮かべ、
「帰りたいと思わせるように。いいえ、いずれは私がいないと生きられないようにしてみせます! だから今は、すべては旦那さまの望みのままに――」
そんなことを言いながら、宿に向かう俺を見送るのだった。
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