44. 【エリーゼ視点】語り合うふたりの王女

(どうして、こんなことになってしまったんだろう……。どこで間違えてしまったんだろう)


 エルフ里の牢屋に入れられ、私は答えの出ない自問自答を繰り返した。罪人をとらえるための檻――この中こそ、私に相応しい居場所に思えた。


 ティファニアの言葉のとおり。王国にいたときのような尋問もなく、私への扱いは丁寧だった。国が滅びゆく中、私はこんなところで何をしているのか――それすらも私の心を苛む。



(よりにもよって、助けを求める相手に武器を向けてしまうなんて。終わった――終わってしまった)


 どうしてティファニア――エルフ里の王女を人質にとって、言うことを聞かせようなどと考えてしまったのだろう。


 最後の希望が腕の中からすり抜けていく絶望と、どうにかしないといけない焦り――気がついたら体が動いていたのだ。私に許されたのは、あの場からテコでも離れずに許しを乞うことだけだったのに。


(いいえ、エリーゼ。あなたに諦める権利なんてない。手遅れでも関係ない。あなたに残された道は、どこまでいってもそれだけなんだから)

(……でも無理に決まってる。これまでの許しを乞うどころか、リット様の愛するエルフの王女様に手を上げてしまったのよ)


 前に進むための希望が、どこにもなかった。それでも進むことを止めてはいけない――諦めることは決して許されない。死ぬそのときまで。



「私なんて死んでしまえば良い」


 でも自死を選ぶ勇気もなかった。

 今、エルフの里の者が、私をどうするか話し合っているのだろう。いっそのこと早く殺してほしかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 何に対するでもない謝罪。


 王国での苛烈な尋問を経て、数日は飲まず食わずでここまで歩いてきたのだ――気力だけで持たせるには、とっくの昔に体は限界だった。

 いつの間にか、私は意識を失った。




◆◇◆◇◆


「テ、ティファニア様。こやつは貴方様を襲った大罪人です! 中に入るなど、とんでもありません!」

「大丈夫ですよ。彼女にもう害意はない。そんなことをしても願いは叶わない――分かってるはずですから」


 なにやら言い争う声に起こされ、ぼんやりと目を開けた。牢獄を開けたのはティファニア――私が人質に取ろうとしたエルフの王女であった。

 何故か、ほかほかと湯気を立てるおかゆを手にしている。

 

「……自白剤ですか。そんなものを飲ませても、私の答えは変わりませんよ??」

「そんな真似しませんよ、まずは食べて下さい。そんな体調では、ろくな考えが出てきませんよ」


 そう言ってティファニアは、柔らかく笑った。彼女の夫(なのよね、きっと?)をさんざん虐げ、自分に襲いかかった相手。憎くて当然のはずだ。

 それなのに――何のつもりだろう?


 運ばれてきたおかゆを手に取る。

 何が入っていても構わなかった。突然の固形物に体が驚き、むせてしまう。それでも――


「……美味しいですね」

「はい! この里の料理人の腕はピカイチですから!」


 ティファニアは大切なものを自慢するようにそう言った。そのキラキラする笑顔に、私は静かに目を閉じ思考にふける。


(温かいものを口にするのは、いつぶりだろう?)



 気がついたら、渡されたお椀は空になっていた。


「私をどうするか、決まったのですか?」

「里で何日か保護して、無罪放免。他国の王族を処刑なんて安易な判断……怖くて出来ませんよ」


「そう……ですか」

「あんまり嬉しそうじゃないですね?」


 言われて気づく。私は――たぶん死を望んでいるのだ。生きる限り、永遠に自らの罪と、向き合わなければならないのだから。それは、とてつもなく苦しい。


「私は本当に愚かでした。こんなことになるまで、自分の過ちに気がつかず。ティファニアさんにも、ひどいことをしましたね」

「わたしこそ驚いて、旦那さまのアクセサリを使ってしまいました。無事で良かったです」


 なぜかティファニアまで頭を下げる。その瞳に、恨む色はない。


「……どうして、あなたが謝るんですか? あなたには私を恨む権利があるでしょう?」


 尋ねた私に、


「何ででしょうね。ひとごとには思えなかったんですよ」


 ティファニアは小首をかしげて、そう返した。




「自分の過ちで、国が滅びの危機に瀕したら。私なら震えるばかりで、何か行動を起こすことなんて、たぶんできない」

「……あなたは、そんなに愚かな人ではないわ」


「そうだとしても、国を救える英雄ではない。旦那さまがいなければ、ここはきっと滅んでいました」


 胸に手を当てて、ティファニアはそう呟く。


「リット様は、この地でも英雄なのね……」


(すごい……。この短期間で、そんな手柄をあげていたなんて)


 私とは雲泥の差だ。

 それが本当の実力なのだろう。




「エリーゼさん、あなたは国を救いたい一心で、護衛も連れずここまで来ました。王国で何があったのですか?」

「……当たり前の報いを受けただけですよ」


「…………そう、ですか。そんなボロボロになりながら、敵しかいないエルフの里まで助けを求めに来たーー勇気のある行動だと思います。私なら、どこかで心が折れてしまいます」

「やめて下さい。私が何をしたところで、もう失われた物は戻って来ないーー決して許されない贖罪なんですから」


 そうだ。

 こんなことを話している場合ではない。

 無様でも、嘲笑われようとも、誰になんと思われようとも。

 私は助けを求めなければならない。


 そう思っていたがーー



「あなたのしたことは、到底許されません。ーー許しません。……でも、国を救うために、行動する決断を出来たこと。そこだけは、少しだけ尊敬してるんです」


 言われた意味が分からなかった。

 国にリット様を招き入れ、エルフの里を滅びから救った少女が、いったい何を言い出すのか。


「私のなにを? 国を滅ぼして、無様に生き恥を晒すだけの私なんかの何を……」

「王国は滅びませんよ。あなたがその運命を変えたんです」


「……?」


「旦那さまは、世界一の結界師ですから!」


 そう誇らしげに口にした少女の後ろからは、



「ティファニア。エリーゼが憎いのは分かるが、その辺にしておいてやってくれ? そんなのでも、一応、王国の王女なんだ。一対一の対談で泣かされたなんて……その、ちょっとな」

「ふん、師匠の慈悲深さに感謝するんですね」


 入ってきたのはリット様とその弟子。入ってくるなり彼は、


「それじゃあ、結界に空いた穴について、教えてもらおうか?」


 そう言った。

 当たり前のような顔で。



 ああ、彼こそが……

 王国で無理を押し通すための、聖女なんて偽りの英雄ではなく、


(これが本物の英雄……)

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