33.【王国SIDE】国王と王子、絶望する

 私は明かりひとつ差さない洞窟を、ひとりで歩き続けていた。目指す場所は、国を救う最後の希望――リットがいるエルフの里だ。


 今の弱りきった体では、魔法で明かりを灯すことすら出来ない。



「痛っ……」


 思う通りに体が動かず、ちょっとした小石に足を取られ、無様に倒れ伏す。


「急ぎなさい、エリーゼ……」


 言うことを聞かない体を、しかりつける。ディールによる苛烈な尋問は、私の体を隅々まで蝕んでいた。


 地下牢でまともな食事を与えられたのは、ほんの数度だけだった。それも後に続く折檻で、ほとんど戻してしまっただろう。

 睡眠だってほとんど取れていない。魔力欠乏症もそのままだ。意識を保って立つだけでもギリギリの状態。

 だとしても――


「あなたに、休む権利なんて、ないんだから」


 体が休息を訴えかけるが、それを意思の力でねじ伏せる。結界のほころびも、モンスターも、私の都合なんて待ってくれないのだから。

 

 先は見えない。

 真っ暗な道に、終わりは見えない。

 それでも私は――一歩、一歩、歩みを止めることは決してなかった。



 歩き通すこと丸一日。

 私はついに洞窟を抜けることに成功する。

 それだけで涙が出そうだった。


 エルフの里は、もう目と鼻の先――のはずだ。




◆◇◆◇◆


 俺――アレクは、部屋から持ち出す荷物を纏めていた。王族だとバレないよう、それでいて換金性の高いものが好ましい。


「こんなもので十分だな」


 まったく。この俺が無様に国を追われることになるとは……。すべて愚かな姉上のせいだ。

 アレクの頭から、エリーゼ王女の失脚を狙って、結界師の追放を容認したことは――すっぽりと消えていた。



「ふざけやがって! 何が滅びゆく国の王子に用はないだ」


 逃げ伸びるための頼みの綱。諸外国への救援要請は、全て拒否された。

 各国の貴族たちが集められた学園で、築き上げた繋がりを頼ったのだ。内心で馬鹿にしていた小国相手にも笑顔で応じてやったのに、あっさりと手のひらを返された。


「世界一の結界師を失った二流国に、力を貸すメリットが何もないだと? ふん、馬鹿も休み休みに言え」


 何よりも腹立たしかったのは、追放した結界師の存在だった。まるで結界師と繋がりを作るために、利用しようとしていた様ではないか。


(まあ良い。いざという時の脱出路ぐらい、自分でどうにかできる)


 俺は王族のみに伝わる、隠し通路を目指すことにした。




「ちっ。老朽化のせいか? 使えないではないか」


 目的の隠し階段か崩れ落ちているのを見て、俺は舌打ちした。肝心なときに崩れているのでは、なんの役にも立たないではないか。

 次に向かう。


「……ここもだと?」


 俺は焦りながら隠し通路をひとつひとつ確認していく。

 3つほどの非常脱出路を巡ったあたりで、俺はようやく異変に気がつく。あるところは階段が崩れ落ち、別の場所では入り口の鍵が壊れていた。


「どういうことだ! 何故、壊されている!?」


 長年使われていなかったとはいえ、定期的に点検ぐらいするだろう。このタイミングで、同時に脱出路が使えなくなるなど――


「ふざけやがって! 誰の仕業だ!!」


 これは人為的なものに違いない!

 俺は怒りのままに叫んだ。



 城は暴徒どもに包囲されていた。正面から逃げようとしても、あっという間に捕まってしまうだろう。

 もし捕まろうものなら――


「落ち着け、まだ取っておきがある。誰にも知られていない、究極の抜け穴だ」


 嫌な想像を、頭から追い出す。

 

 エルフの里の近くに繋がっていると言われている洞窟への入口。暗くてジメジメしていて、俺のような生粋の王族が使うには相応しくないが――背に腹は変えられない。




「はあ? なんだこれは……」


 足を運び――愕然とした。

 秘密の抜け道につながる建物自体が、まるごと爆破されていたのだ。的確に俺の脱出路を塞ぐ何ものかの存在――俺は怒りにワナワナと震える。


「おやおや、アレク王子。こんな場所までどうされましたか?」


 そこに現れたのは尋問官・ディールだった。一週間もの時間を与えたのに、何の成果も挙げられなかった役立たずだ。

 姉上のような軟弱な人間、俺なら1日も経たずに自白させてみせる。


(……何故、こいつがここに?)


 今も嬉々として、姉上を"尋問"しているものだとばかり思っていた。



「姉上の口を割らせることも出来なかったゴミが、今さらなんの用だ?」


(……考えてみれば、こいつの許可なんぞ取らずに、姉上を生贄にすれば良いんじゃないか?)


 名案に思えた。

 偽聖女が姿を表せば、城に詰めかけてきた民衆の間に大混乱が起きるだろう。またたく間に暴動が起きるだろう。

 混乱に乗じて包囲さえ抜けてしまえば、逃亡は容易だ。



「どけ、貴様に用はない」

「あなたになくても、私はあなたに用があるんですよ?」


「はあ? なにを……」


 俺は――後ろから迫りくる人の気配に、気が付かなかった。



「覚悟!」


 気がついたときには手後れだった。

 気配を殺した衛兵がすぐ傍まで迫り、魔法陣をかざす。そこから頑丈な縄が飛び出し、俺を雁字搦めにする。


「貴様ら! 俺にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」

「ほう、どう済まさないというのかな?」


 ディールは俺を担ぎ上げ、のっそりと歩き始めた。行き先は、愚かな姉が閉じ込められているであろう地下牢。


「俺は王子だぞ。離せ! 何をするつもりだ、ふざけるな!」

「父子ともに煩いですね。少し黙れませんか?」


 わめく俺の首筋に、ディールは鋭い手刀を叩き込んだ。俺は一瞬で意識を失った。




◆◇◆◇◆


 目を覚ました俺は、魔封じの魔法陣を両腕につけられ拘束されていた。


(魔封じの魔法陣は、1つで効果を十分発揮するだろう!? 2つも付けられたら、魔力不足で死んでしまう!)


 パニックに陥る。

 外そうと試みるが、ガッツリと食い込んでいて外れそうもない。


「お目覚めですか、アレク王子?」

「貴様――!」


 現れたのはディール。色とりどりの魔法陣を弄んでいた。


「脱出路を塞いだのは貴様だな? 何のつもりだ!! いいからこれを、早く外せ!」

「あなたが何を考えていたか、聞かせて貰いましょうか?」 


 俺の言葉など聞こえなかったように、ディールはくつくつと笑った。


「貴様! なんの権利があって!」

「許可なく喋るな!」


「ぐああぁぁぁぁ……き、さ、ま!」

 

 激しい電流を流される。王子の俺にいったい誰の許可があって! 怒りで顔に血がのぼるが――


(……な、なんだここは?)


 視界に入る異常な光景。

 部屋中にこびりついた血の跡が気になった。部屋のいたるところで、魔法行使の後が認められた。頑丈な地下牢を、ここまで破壊するとは――ここでいったい何が……



「気になりますか?」

「何がだ?」


「エリーゼ王女が耐え抜いた尋問の内容ですよ」


 淡々とディールが言った。


(――嘘だろ……?)


 生半可なものでないことは、跡を見れば分かる。どれほどの凄惨な行為が、この部屋で行われたというのか。

 



「それではゴミなりに、全力で尋問させて頂きますよ。ええ、ゴミなりにね」

「ま、待て! 雇い主は誰だ、父上か!? ――金なら払う、俺を見逃せ!」


「あなたのお父様は、隣の部屋です。ガクガク震えていますよ?」

「……なら誰が?」


 そうですねえ、とディールは悩んでいたが、



「しいて言うなら依頼主は私自身、というところでしょうね」


 壮絶な笑みを浮かべる。


「エリーゼ王女への尋問は、ほんとうにつまらなかった。やはり尋問するなら――あなたたちのような人が良い」

「た、頼む……見逃してくれ――」


 恍惚とした表情でつぶやくディールを見て、俺はようやく気が付く。とんでもない相手に捕まってしまったかもしれないぞ、と。




「エリーゼ王女を蹴落とすために、貴様は何をしてきた?」

「ふざけるな! いつか貴様を国家反逆罪で――ぎぃぁぁぁあああああ!?」


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

 俺は内心で呪詛のように、同じ言葉を繰り返した。


(俺は、この国の王子になる男だぞ――!)


 このような目に遭わされる意味が分からなかった。


(くそっ、姉上はどこだ。逃げ出したのか……そのせいで、俺がこんな目に遭わされているのか?)


 だからエリーゼの処刑を止めたのか。自らの失態を明るみに出さないために。


(くそっ。こんな奴と、まともに付き合っていられるか。俺も隙を見つけて――必ず逃げ延びてみせる!)


「早く答えろ」

「何もしていない! すべてはあれの自業自得だ!」


「それは嘘ですね。こんな状況でも、保身のために素直になっていただけない――やはり尋問はこうでなければ」


 ディールは愉しそうに笑った。

 ――俺は尋問官の本気を、その身を持って味わうこととなる。

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