聖女と結界師、それぞれが掴むもの

34. 新たなる守護神に感謝を、エルフの里で祭り!

「この地を訪れて下さった守護神のため! これより祭りを開く!」



 どこから現れたのだろう?

 エルフの里の王が現れ、威厳に満ちた声でそんなことを言い放った。


「祭りだ! 祭りだ~!」

「守護神に感謝を! リット様万歳! リット様万歳!」


 エルダーボアを退け、テンションのおかしくなったエルフたちが俺を取り囲みながら、そんなことを次々と口にする。


「え、えええ……!?」


 たかだか、エルダーボアの群れを退けただけだぞ!?

 あの程度のモンスターなら、王国を襲ってくることも珍しくはなかった。


 どうしてこんなことになった?



「ア、アリーシャ。どうにかしてくれ……」


 俺は――弟子に放り投げた!

 対処法が分からない――故郷で神童と呼ばれていたアリーシャなら、こうなってしまった時の対処法も知っているに違いない!


 王国に居たときにも、こんな経験は無いしな。

 というよりひどい場所だと、結界のメンテナンスを終えたころ「何をしていたのか分からない、詐欺ではないのか?」なんて、イチャモンを付けられたっけ。謝礼を支払われることなく追い払われることも、あったような気がする。……もちろん、ごくごく一部の村の話ではあったが。


 王国での扱いとの差に驚いていると、



「かしこまりました」


 アリーシャは、物怖じせずエルフの王の元に向かっていった。頼もしい限りだ。



「師匠――神は、最上級のお酒と、異国の地の舞踊をご所望です!」

「違うからな!?」


 俺の声なきツッコミは、どこにも届かない。

 自分の要望を通すアリーシャ、ちゃっかりしていた。


「聞いたか、皆の者! 倉庫から最上位の酒を持って来い! それから今すぐにでも、里で一番の踊り子を――!」

「その必要はありません! 旦那さまのことは私がよく知っています。その先のおもてなしは、私に任せてください!」


 こうして――エルフの里を挙げての、大規模な祭りが開かれることになったのであった。


(エルフって森の奥で慎ましく生きてるイメージがあったんだが、実は祭り好きな民族なんだな……)


 楽しそうな顔で準備を始めるエルフの人々を、俺は遠い目で眺めることしか出来なかった。




◆◇◆◇◆


「……ほんとうに、どうしてこうなった?」


 俺の周りには――何やら仰々しい貢ぎ物が置かれていた。



「神! 我が家に伝わる聖杯です、どうぞご納め下さい!」

「いや、そんな貴重なものは受け取れない。それに、その術式はあなたの家系の者しか扱えないものだ。あなたの手元にある限り、祖先の祈りがあなたを守ってくれる――大切にした方が良い」


「おおお! なんと謙虚なんだ。それに私が知らなかった聖杯の効果をひとめ見て――神よ……!」


 終始こんな調子だった。頼みの綱のアリーシャはと言えば……



「ね~、師匠~♪ こっちの果実酒が、ほんとうに絶品なんです~♪」

「あー、アリーシャ。飲み過ぎだぞ、それぐらいにしておいた方が?」


 すっかり出来上がっていた。

 アリーシャは根が真面目だからな。なかなか、このような羽目を外せる舞台というのがなかったのだろう。翌日になって黒歴史にならないと良いが。


「師匠は~♪ 私とティファニアさん、どっちが大事なんですか~♪」

「私も気になります! もちろん私ですよね、旦那さま~!」


 酔っぱらいの一言に、ティファニアがグググイっと身を乗り出す。

 そのまま流れるように胸に飛び込んで来ようとする。このエルフ、酔ったどさくさに紛れて何を――いや普段どおりか。



「た・す・け・て!」


 エマとリーシアに視線を送って助けを求めるが、



「「頑張って!」」


 返ってきたのは、そんなアイコンタクトだった。

 エマはエルフの青年と飲み比べを始めていた。頬がすっかり高揚している――出来上がっているな。こちらに戻ってきても面倒ごとが増えるだけだ。


 リーシアはエルフの少年を捕まえ、手にもつ弓について何やら熱心に聞いているようだった。あたりのお祭り騒ぎも何のその。どこまでもマイペースに自分の興味に忠実なのだ。




(まあ、良いか)


 ここには笑顔が溢れている。

 たとえ王国をクビになっても、俺は結界師だと胸を張って誇れる生き方をしよう。みんなが笑って過ごせる場所を守り抜くこと――それが結界師が夢見る理想の世界だ。

 エルフ里の総出で行われる祭りは、もう少しだけ続きそうだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る