35. 頼む、神様だけはやめてくれ……
祭りの翌日の早朝。
「う〜む、どうしたものか……」
俺はエルフの里の結界を前に、ひとりでうなり声を上げていた。辺りには羽目を外したエルフたちが横になってイビキをかいていた――この里の穏やかさが想像つく、平和な光景だった。
「やっぱりこの結界では出力不足だよな……」
エルダーボア程度のモンスターを一撃で仕留めきれないなど、結界師としてのプライドが泣いている。困ったことに守護神などと、身に余る評価まで貰っているのだ。
その期待には、全力で応えるつもりだ。
(やっぱり触媒が問題だよなあ)
結界の性能を決めるのは、術式と触媒だ。古臭い術式はアップデートによりマシになったが、触媒は存在すらしていない。ゆゆしき問題であった。
「あ、旦那さま~!」
そんなことを考え込んでいると、ティファニアがとことこと歩いてきた。いつも通りの満面の笑みで駆け寄ってくるので、ひらりと回避。
「うう、なんだか最近は旦那さまが冷たい気がします……」
「心配するな。いつも通りだぞ?」
ときどき忘れそうになるが、ティファニアはエルフの里の王女である。笑顔の似合う、とびきりの美少女なのだ。
意識してしまうと……とても心臓に悪いのだ。
「そのとおりです。師匠――いえ、神様は弟子である私に夢中なんですから!」
「アリーシャ、おまえ……まだ酔ってるのか?」
……アリーシャよ、なぜきょとんとする? 神様の弟子なんて言葉、酔いが冷めて黒歴史になっても知らないからな?
「アリーシャ。せめて神様だけは、頼むからやめてくれないか? 俺のことは、今までどおり師匠とでも――」
「そ、そうですか。それが師匠の望みであれば……」
(何故、がっかりする!?)
まあ一件落着だ。胸をなでおろした。
これから行く先々で、弟子に自らを神と呼ばせている痛々しいやつと思われては敵わないからな。
「昨夜はお恥ずかしいところをお見せしました。酔いつぶれて師匠の手を煩わせるなど……一生の不覚です。どのような罰でも――」
いつもは真面目なアリーシャも、普段は関わりのないお祭りに、珍しくはしゃいでいた。途中から羽目を外すほどに馬鹿騒ぎに率先的に加わって、何を血迷ったのかエマに飲み比べの勝負を挑み――酔いつぶれたのだ。
「いやいや……罰って。俺のことを何だと思ってるんだ? たまには羽目を外すのも良い物だろう?」
(王国にいたときには、こんな機会は用意してやれなかったからな)
毎日が仕事漬けだった。俺は結界が好きで仕方なかったら苦にならなかったが、アリーシャは年頃の少女だ。そう思えばクビになったのも、必ずしも悪いことばかりでは無かったかもしれない。
「でも……私にはそんな暇なんて」
「でも、じゃない。弟子は、素直に師匠の言うことを聞くもんだぞ?」
アリーシャの内心の焦りは知っている。その焦りは時に危うさに繋がることも。
「……師匠はずるいです。こんなときだけ、そんな言い方をして」
アリーシャはすねたように呟いていたが、
「ティファニアさん! 私、負けませんからね!」
「私だって! 旦那さまを満足させられるのは私だけです!」
いつものように俺を挟んで、む〜〜っと互いを可愛らしく威嚇しあうのだった。
(そうか、それほどまでに――結界術が好きなのか!)
俺も余計なことは考えていられないな。
アリーシャとティファニアのためにも、ますます力を入れて教えないとなと俺は決意を新たにするのだった。それは平和な朝のひとときであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます