10. 結界師はふつう、1人で国を守るものではないですよね

「お兄さま。せっかく来てくださった旦那さまに向かって、なんて口の効き方をするんですか!」

「黙れ! ティファニアよ、まだ人間を『旦那さま』なんて呼んで、慕っているのか?」


 心底呆れたように言うエルフの青年。ティファニアの兄ということは、エルフの里の王子ということになるのだろうか?

 もともとエルフの中には、人間に良い印象を持たないものも多いと聞く。そういう者にとって、ティファニアが人間に入れ込む様は、見ていて面白くないのだろう。



「旦那さまは、これまでも一人で王国の結界を維持されてきたお方です。エルフの里にお招きして、損はない筈です!」

「結界を維持するために、これまで我々エルフがどれほど苦労してきたか。1つの国の結界を維持できる結界師なんて、この世にいるはずがないだろう」


 いや、ここにいるんだが……。


「一度、実力を見れば分かります!」

「どれだけ力を尽くしたところで、結界の効力は日々弱まっている。本当に頭が痛い問題だ――だから都合の良い夢に、すがりたくなるのは分かるけどな」


 エルフの王子は、悲壮な顔でティファニアを慰める。

 そりゃ、こんな化石みたいな術式を使い続けていたら、限界があるだろうさ。



「お兄さま。信じられないのは分かるけど、まずは旦那さまの話を聞いて!」

「おい、そこの人間。よくも妹をだましてくれたな! ウソをつくなら、少しは現実的なウソをつくんだな!」


 ふむ、まるっきり信じられていないようだな。なぜお偉いさんというのは、人の話を聞こうとしないんだ?



「……ずっと師匠の傍にいて、感覚がおかしくなってました。そうですよね――結界師はふつう、1人で国を守るものではないですよね」


「当たり前や。リットさんみたいのがゴロゴロおったら、結界師もウチらも商売上がったりやで」

「常識人を見ると、なんか安心しますね」


 アリーシャたちが、何故かしきりに頷きあっていた。


 

 ティファニアとエルフの王子は、なおも何かを言い争っていた。話は平行線で、どうにも埒があかなそうだな。なるほど、ここは実力を示すのが手っ取り早いか?


「なあ、そこの人?」

「人間ごときが俺に気軽に話しかけるな! どうしてもと言うのなら、俺のことはフェアラス様と呼べ!」


(こ、こいつ面倒くせえ!)


 まあ面倒事を起こさないよう、今は素直に従っておくか。ティファニアが申し訳なさそうに頭を下げていた。別に気にしていないんだがな。



「フェアラス様。俺のことが信用できないなら、少しだけ結界の術式を弄らせてくれないか? あまりに無駄が多すぎて見てられない」

「話にならないな。そうやって権限を奪って、結界を消すつもりか? この里の場所を、知られるわけには行かない」


 剣呑な声だった。


「旦那さまが、そんなことをするはずありません!」

「ティファニア。素直なのは良いが、少しは人を疑うことを覚えなさい」


 あ、それについては少し同意。

 ここまで疑われては、言葉だけで信じさせるのは不可能だろう。何をしようとしているか、実際に見せるのが手っ取り早いか。



「おい、人間! 何をしている!?」

「師匠? いったい、何をしているのですか?」

 

 フェアラスとアリーシャが同時に叫んだ。アリーシャは減点だな。初歩的な魔法陣のちょっとした応用で、前にも実演してみせたこともあるのに。



「や、やはり刺客か? 今すぐに怪しい術式の行使をやめろ!」

「そう言われても……。これ、ただのマジックサークルだぞ?」


 返事をしながらも、俺は空中に魔法陣を刻んでいく。



「ウソを付くな! マジックサークルというのは、魔力の伝導率を上げる初歩的な術式のことだろう。使うのは1つの属性で、それも少量の魔力で練り上げるもののはずだ。5属性もの魔力を使った大規模な魔法陣なぞ、聞いたこともない!」

「そ、それは何百年前の話だ?」


 フェアラスが口にした通り、マジックサークルは魔力の伝導率を上げる基礎的な術式だ。結界師だけでなく、魔法使いも最初に使えるようになる初歩も初歩の術式である。慣れたら属性を足しあわせて、効率を高める工夫をするのが上級者への第一歩だろうに。


「なるほど、マジックサークルでしたか。師匠が使う術は、何もかもが意味不明ですからね。そりゃ、最初は誰でもそんな反応になりますよ」

「私も最初に見たときは、目を疑ったもん……」


 ティファニアとアリーシャが、なにやらヒソヒソと話していた。驚愕に目を見開くフェアラスを同情のこもったまなざしで見ているようだ――何故だ……。

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