16.また結界をアップデートしちゃいます

 フェアラスと別れた俺は、再びエルフの結界の制御台の前を訪れていた。


「師匠、また結界をアップデートするんですか?」

「ああ。手を入れないと不安で、おちおち夜も寝てられないからな」

 

 そう滅多なことは起こらないだろうが、最悪に備えておくのが結界師の心得だ。


 王国の結界も、手が離せないまずい状態ではあった。それでも毎日各地を巡って魔力をたっぷり注いでやれば、とりあえずモンスターの侵入を防げるだけの性能は有していたからな。



「不安、ですか? 万が一にもモンスターが侵入したら、警備の者からすぐに連絡が来ますよ」

「いやいや。この規模の結界で、モンスターが侵入したら結界師としてアウトだろう……」


 もちろん「備えあれば憂いなし」とも言うし、モンスターの侵入に備えておくのも当然大事ではあるけどな。



「アリーシャ、手伝ってくれるか?」

「はい、師匠!」


 俺が呼ぶと、アリーシャはぴょこんと跳ぶように隣にやってきた。


「旦那さま、私たちも傍で見ていて良いですか?」

「もちろん構わない。というかティファニアには、いずれは術式のアップデートを担当してもらわないことになるだろう。やり方を覚えておいて、損はないぞ?」


 ええっ!? とティファニアは悲鳴をあげた。慣れればそんなに難しくないんだけどな。



「リットさんの結界術、生で見るのは久々やな!」

「はい、わくわくしますね!」


 まるで楽しい出し物がはじまるのを待つ無垢な少女のように、リーシアたちは結界と俺を見比べる。



「結界師以外が見ていても、そんなに楽しいものではないぞ?」


 俺の素朴な疑問には、


「世界一の結界師の施術を近くで見れるなんて、これ以上ない体験ですよ。村のみんなに自慢してやります!」

「講座をあっさり引き受けたことといい、リットさんは、自分の価値をもう少し正しく理解するべきやと思うで。

 金一封包んででも見たい、っちゅう人もぎょうさんおると思うで」


 リーシアとエマは鼻息荒くそんなことを言った。


 そんなことを思いながらも、俺は制御台に向き直る。この子たちは少々、俺のことを過大評価するところがあるからな。

 でもそう言われて悪い気はしない。決めた、今日は見ていて楽しい結界術たいうのも意識してみよう。




「アクセス」


 俺は制御台から設計図の情報を受け取った。昨日さしこんだマジックサークルの情報も「NEW!」の文字とともに、きちんと反映されているようだ。


「アリーシャ、見えるか?」

「はい、師匠。バッチリです!」


 ティファニアに頼んで、アリーシャにも設計図を『見る』ための権限を与えてもらっていた。


「このNEWは、師匠が足したマジックサークルですか?」

「そのとおりだ」


 俺たちは、ひとつの設計図を頭の中で共有していた。設計図の膨大な情報量に、アリーシャが顔をしかめている。俺はそっと設計図の大部分を隠し、情報量をコントロールしてやった。


「すいません、師匠」

「なんのことだ? 重要な場所にフォーカスを絞っただけだぞ」


 別にウソではない。似たような術式が氾濫しており、教材としてもよろしくなかったからな。それでもアリーシャは、申し負けなさそうに頭を下げた。



「アリーシャ、この結界の効果量の低さは、何が原因だと思う?」

「魔力の伝導率の低さ――は、師匠が昨日直しましたし……やっぱり術式の古さが原因でしょうか?」


 ゆっくり考え込みながら、アリーシャはそう答えた。間違っては無いんだが……


「何でも、新しいものを入れれば良いって訳でもないぞ。そうだな、具体的には何をアップデートするべきだと思う?」

「そうですね。効果がいまひとつなのは、結局のところ出力不足なので……」


 アリーシャは複雑に絡み合う設計図に目を通し、やがて一箇所に目を止める。マジックサークルが設置された先にある、魔力を分配するための枝分かれした部分。



「エルフの方が使う以上、風の魔力しか受け付けないのは仕方ないとして、出力まで風の単属性なのはまずいですよね。どこかに風の魔力を阻害しない――土の魔力に変換するための術式を差し込む、というのはどうでしょう?」


 アリーシャはキュッキュッと、設計図に魔法陣を書き込んだ。


「目の付け所は良いが――それだけだと、60点といったところだな」


 その答えを聞いて、むーっとアリーシャがうなる。


 

 

 



 




 

 














 


 

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