15. あなた様こそ結界師の目指すべき理想の姿です

「ふむ、きっかり6時か。染みついた習慣というのは、なかなか抜けないものだな」


 翌日の朝、俺はいつもの時間にベッドの中で目を覚ます。

 ごろごろと二度寝を決め込んでも良いのだが――起きるとするか。扉の外に人の気配もあることだしな。



「解除」


 俺が入り口にかけた結界を解除すると同時に、少女たちがどっと部屋になだれ込んできた。


(何をやっているんだか……)


 入ってきたのはアリーシャとティファニアに……何故かフェアラスまで居るようだった。



「フェアラス……様まで、いったい何をしているんですか?」

「私のようなものに、様付けなどおやめください。呼び捨てでも、そこの人とでも……好きなようにお呼びください」


 えらい変わりようだな!?



「……それで、何しに来たんだ?」

「いえ、妹が未知の結界術式に阻まれて、自分の部屋に入れないと言うので……」


(俺の部屋を、当たり前のように自分の部屋って言い張りやがったな!)


 視線を送ると、ティファニアはにへらと笑みを浮かべる。やれやれ、扉に結界を張ったのは大正解だったようだな。



「未知の術式とは大げさだな? ただの侵入防止の術式だぞ?」

「……なんだそれは?」


 あれ、思ってた反応とは違うな。

 侵入防止の術式とは、文字どおり小規模な術式を展開して、魔力が未登録の者の侵入を防ぐものだ。

 結界術式と魔法の両方の知識が必要ではあるが、発動の手軽さと利便性の高さから愛用していたのだが……



「そ、それは旦那さまのオリジナル術式なのですか?」

「王立図書館で似たような術式は見たぞ? たしかにこの規模に最適化したのは、俺が初めてかもしれないな」


 もちろんこの程度で、オリジナルの術式なんて名乗れないけどな。



「ま、また師匠が、わけの分からない術式を生み出しました……」

「アリーシャさんは、なんだか随分と達観していますね」


「長年の付き合いですから。師匠が常識をぶち破るのは日常風景です。一緒に暮らすつもりなら、早く慣れておいた方が良いですよ?」

「ど、どうやって!?」


 いつものことながら、ひどい言われようだった。



「リット様、あなたはそうやって日々あらたな術式を試していたのですね。一国の結界を守れなどという無理難題を押し付けられて、それでもどうにか成し遂げようと」

「そ、そんなところだな……」


「やはり、あなた様こそが結界師の目指すべき理想の姿だ――従来のやり方にこだわり続けた我々には、たどり着けなかったわけだ」


 フェアラスがしみじみと呟いた。すいません、術式をいろいろ試していたのは、ただの趣味です。そう感心されても、どうも居心地が悪かった。



 フェアラスはなにやら真剣に考えていたいたが、


「……リット様、恥を忍んでお願いがある。どうかエルフの里で、結界術を教えてくれないか?」


 そう言いながら、深々と頭を下げてきた。


「お兄さまが頭を下げるなんて、天変地異の前触れですか!? 変なものでも食べましたか」

「ティファニアは、私を何だと思っているんだ……」


 なんだかんだで、このふたり仲良いよな。

 



「我が里の結界術の技術は、そこにいるリット様の足元にも及ばない。

 昨日の非礼な態度。こんなことを頼めた義理もないのだが、どうか考えてほしい」



 エルフの王族――その頭は決して軽いものではないだろう。

 ここまで必死に頼まれたら、どうにも断れないな。それに考えてみても、そこまで悪い話ではないように思えた。



「ああ、構わないぞ?」

「本当か!?」


 飛びつかんばかりの勢いでフェアラス。


 親切心だけでなく打算もあった。まずは結界のことを語り合える相手が欲しかったのだ。今だめなら語り合えるよう育てれば良い。

 それだけでなく、アリーシャのライバルになってくれる人材を見つけたいという思惑もあった。俺以外に結界師を知らないのも問題だしな。



「エルフの里を救ってくださったばかりか、その知識を広めようという心意気。ひとりの結界師として、ただただ尊敬するばかりです」

「気にしないでくれ。これはある程度は俺のためでもあるしな」


 フェアラスは目をまじまじと見開いて、感動したように体を震わせた。そんか様子を見て、ティファニアはどこか誇らしげな表情を浮かべるのであった。



 そうして俺は――エルフの里で結界についての講座を開くことになるのだった。

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