42. 王女襲来! 今さら戻ってきてと言われても……

 王国の結界が破壊された、という知らせを受け取り、10日ほどが過ぎたころだろうか。いつものように結界に魔力を注ぎこんでいると、俺は結界越しに人の気配があることに気が付いた。


 この前のレッドボアの襲撃を受けて、魔力を通すことで、周囲の様子を探れるよう結界をアップデートしておいたのだ。



(随分と弱々しい魔力反応だな。モンスターと戦って力尽きたのか?)


 今にも消えてしまいそうな、弱りきった魔力反応。ティファニアに確認を取り、この里で保護してもらうよう頼むべきだろう。


 俺は気配探知を、肉眼に切り替える。魔力により作られた付近の映像が、頭の中に流れ込んでくる。


 ――思わず目を疑った


「何だって、こんなところに!?」


 力尽きたように倒れている人間には、どこか見覚えがあった。というか王国で俺に追放を言い渡した因縁の相手――エリーゼであった。




◆◇◆◇◆


 一国の王女が、護衛も連れずに何をやっているのか。何故、こんなところで死にかけているのか。

 疑問は尽きなかった。



「師匠はやっぱり、おひとよしですね」

「そりゃ、目の前で倒れてたらな……」


 呆れたように言うアリーシャに、苦笑いを返す。俺はエルフの里の兵士に、迎えに行くよう頼んだのだ。


「悪いな。ここの場所は、あまり知られたくは無いんだろう?」

「構いません、ほかならぬ旦那さまの頼みですから。それにいざとなったら――記憶を消しますから!」


 ティファニアは、そんな物騒なことを言った。




 そんなことを話している間にも、ざわざわと人が集まってきていた。兵たちが警戒しながら出発する様子を見て、あっという間に噂が広がったのだ。


(どうするかな。あまり大事には、したくないんだけどな)


「俺たちの守護神さまをバカにしておいて、まさかエルフの里にノコノコ顔を出すとはな」

「文句のひとつでも言わねえと、納得いかねえ!」


 エリーゼ王女が俺に追放を言い渡した元凶だというのは、すでにエルフの里に住む全員に知れわたっている。ざわざわという騒ぎとともに、入口に人が集まる。

 俺を守護神と呼んで尊敬する者たちにとって、エリーゼは仇とも呼べる憎い存在だ。


(回復ポーションだけ受け取ったら、サックリと帰ってくれよ? 間違っても――刺激するようなことは、言わないでくれよ?)


 明らかな面倒ごとの予感。

 俺は祈るような気持ちで、エリーゼの到着を待った。



◆◇◆◇◆


 エリーゼは、両手を頑丈な縄でぐるぐる巻きにされ、背中には剣を突きつけられた状態で現れた。ハッキリ言って怪しすぎたし、仕方のない措置だと言えるかもしれない。まるで、輸送中の罪人のような扱いだった。


(あいつが、そんな扱いを受け入れるなんて。「ふざけるな!」と、文句をまくし立てそうなものだが……)


 到底、一国の王女に対する扱いではない。兵たちはそれだけ信用ならない相手だと、判断したのだろう。



「ヒイッ」


 里に入るなり、敵意に満ちた視線がエリーゼを貫く。容赦のない悪意に晒され、エリーゼは立ちすくみ足を止めたが、やがては挑むように背筋を伸ばし、里に足を踏み入れた。

 こちらの姿を確認すると、真っ直ぐこちらに向かって歩いてきた。


(いったいなにがあったんだ……?)


 手には痛々しいまでの、魔封じの魔法陣の痕が残る。魔力の反応が微弱だった原因だろう。さらに回復ポーションでも追いつかないほどの、体中に刻まれたおびただしい数の傷跡。


「な、なんだ? この傷跡は……」

「こ、これでも最低限歩けるように、魔力回復薬を使った後です。私たちではありません!」


 思わず兵士たちを見ると、彼らはブンブンと首を横に振った。




「本日は、偉大なる結界師のリット様にお願いがあって参りました」


 エリーゼは地面に座り込むと、そのまま深々と頭を下げて――土下座しながらそう言った。


(目の前にいるのは、ほんとうにエリーゼ王女なのか?)


 大混乱だった。

 あの傲慢なエリーゼが、俺に敬語を使って――あろうことが土下座をしているなんて!?

 よく似た偽物だと言われた方がしっくりくるぐらいだ。

 


「……今さら、何の用だ?」

「我が国の結界が破られて、国が滅ぶ寸前なのです。どうか、どうかお助けください」


 エリーゼは地面に座り込んだまま、俺の瞳を覗き込み必死に懇願する。 



「……ぜんぶ、師匠が忠告した通りじゃないですか?」

「返す言葉もありません。すべて、私が悪かったのです」


「これまでさんざんバカにしてきた相手に、助けを求めるなんて。情けなくないんですか?」

「ほんとうに、申し訳ありませんでした。情けなく思っています。それでも我が国は、リット様にしか救えないのです!」


 エリーゼは涙を流しながら、必死に許しを乞う。これまでのプライドに突き動かされていた振る舞いが嘘のように、ただただ謝罪を繰り返した。



「世界一の結界師リット様、あなた様をクビにしたことは過ちでした。どうか、どうか我が国をお救いください!」


(そう思うなら……どうしてあの時は!)

 

「今さら都合の良いことばっかり、言ってるんじゃないぞ!」

「そうだ! 我らが守護神が、王国でどんな扱いをされてきたのか。俺たちは、知ってるんだからな!」

「今さら自業自得だろうが! 早く国に帰れ!」


 怒り収まらぬとばかりに、入口に集まったエルフたちが口々に声を荒げる。エリーゼは一度も言い返さなかった。ただ震えながら頭を下げ、彼らの怒りが収まるのを待つ。


「私は、どうなっても構いません。どうか、国のことだけはお救い下さい」


 何度も繰り返すエリーゼに、思わず心を動かされそうになるが、


(俺にとって大事なのはここだけだ)


 俺は首を振る。

 今さらエリーゼの態度が変わったところで、すべては手遅れなのだから。



「今さら言われても遅いよ。俺にとって、何よりも大切なのは、ここだからさ」

「お願いです。私には――我が国には、もうあなたしか、いないんです。どうか、お願いします……」


 今になって縋られても困るだけだ。どうしてあの時、俺の声に耳を傾けなかったのか。なぜ、何も知ろうとしなかったのか。言いたいことはいくらでもあったが、それを口にしたところで何も変わらない。


 俺にとって何より大切なものは、もう決まってしまった後なのだ。

 ――これ以上、向き合っていたくなかった。




「……記憶を消して、追い出してくれ。回復ポーションを渡すかどうかの判断は、ティファニアに任せる。エリーゼを、二度とエルフの里に招き入れるつもりはない」


 その声を聞いて、いよいよエリーゼは絶望の声をあげた。掠れた声でうわ言のように許しを乞うているが、その声を耳に入れるものは、もはやどこにもいない。


 響くは悲しき慟哭。



「…………旦那さま? せめて、やっぱり――」


 ティファニアは、何かを俺に頼もうとしているようだった。だが、その声は最後まで発されることはなかった。


 追い詰められた人間ほど、なにをするか分からない。それは当たり前のことだ。

 エリーゼは、聖女の力を利用して背中に光の翼を生み出し――凄まじい勢いで飛びだした。



「――え?」


 飛び出す先には、間抜けな声を上げたティファニアの姿。

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