38. 護身用アクセサリ、新たなる実験!

 泊まっていた宿に戻る。

 エマは丁度、朝食を食べ終わったところだった。ちなみに祭りを満喫したのか、リーシアはいまだに夢の中のようだった。



「ウチがあんたの頼みを断る訳がないやんか。水くさいこと言わんといてや!」


 少しだけ相談があるとエマに頼み込むと、彼女は2つ返事でそう答えてくれた。


(王国にいたときも、結界の土台についてよく相談に乗ってもらってたな……)


 俺に気を遣わせないためか、エマは「リットさんのおかげで儲けさせてもらってる!」なんて言ってくれる。俺の断片的なアイディアを、素晴らしい商品に昇華するのはエマの実力あってこそだろうに――本当に頭が上がらない。



「ダンジョンに潜ろうと思っててな。ティファニアとアリーシャのために護身用のアクセサリを――」

「え、リットさん今……ダンジョンに潜るって? 正気なんか!?」


 エマならモンスタの素材が宝の山だということは、分かっているだうに。


「エマだって素材が欲しくなったら……ちょろっと潜るだろ?」

「いやいや、何を散歩に行くような気楽さで。ウチにサラっと同意を求んといて!?」


 ブンブン腕を振り回しながら、エマは勢いよく否定。



「ベースは、これまで使っていた改良型の圧縮結界術式。魔法を打ち込んで使うタイプを考えている。いくつかアイディアはあるんだが……」

「待った、待った! やばいにおいがプンプンするで!」


 俺が口を開くと、エマは一瞬遠い目になり必死で止めた。


「よう分かった。とりあえずは契約書を交わすべき奴やな!」


 バタバタと部屋に戻る。

 大口の取引になりそうな場合は、きちんと契約魔法を使って正式な契約を結ぶらしいんだが……エマの好きなようにしてくれて良いんだけどな。彼女なら手にした技術を悪用するとも思えないしな。


「エマさん、何だか大変そうですね……」

「これまで師匠に一番振り回されてきた――苦労人かもしれません」


 ひどい言われようだった。




「契約内容は、こんなもんでどうや?」


 それはアイディアを元に儲けた額の半額を、俺に支払うという契約だった。俺は契約書を流し読みし、血判を押す。エマとはたしかな信頼関係が築いてきた。商売には興味がないし、エマなら悪いようにはしないだろう。


 そんなことより――正直なところ、早く新たなアイディアを試したくて仕方なかった。



「使うのは超小型の圧縮結界術式。2つを組み合わせて、1つの結界術式としたい」

「ふむふむ、リットさんお得意のやつやな?」


 俺はうなずく。


「今回はティファニアも使うから、入力は風の魔力をベースとした風の紋章で頼みたい。2つの結界の中で魔法を循環させて――」


 結界に魔法を打ち込むと、結界の効果に応じて、威力が強化された魔法が射出される。隠遁結界で試したとおりだ。


(ならそれを繰り返せば、簡単な魔法でも威力を際限なく高められるんじゃないか?)


 ちょっとした思いつきではあるが、悪くないものに思えた。




「そんなことしたら、あっという間に爆発して使用者ごと吹っ飛ぶんやあらへんか?」


 ティファニアが、少し顔を青くした。


「そこは循環数を指定するのと、魔力伝導量を極限まで下げるのでカバーだな」


 エマの指摘は的確だ。

 結界はあくまで入力した魔力/魔法に応じて、想定した現象を引き起こす装置にすぎない。膨大すぎる魔力など予期せぬものを流されれば、結界が耐えきれず、最悪の場合は爆発する可能性すらある。


(たとえば4属性の結界に、光の魔法を流し込んだりな……)


 王国に残してきた結界をふと思い出したが――さすがに、あの結界に光の魔力を注ぐアホは居ないだろう。国を滅ぼそうという強い意志でも、持って居いなければな。



 うまく制御してやるのは必須だった。手間が増える分、そのリターンも大きいはずだ。


「紋章をそのまま使うより、10~100倍ほどの威力になるんじゃないかと思う」

「はあーー!?」


 ポカンとした顔をしたのは、エマだけではなかった。



「リットさん、図面はある?」

「もちろんだ。こちらから順に、だんだんと威力が上がっていくはずだ。ずいぶん細かいが大丈夫か?」


 図面を受け取ったエマは、設計図を目にして難しそうな顔をしていたが、



「あたりまえや! ウチを誰だと思ってるんや?」

  

 腕一本で鍛冶連合のトップにまで上り詰めた少女は、そう言って獰猛に笑った。



「この結界は、すべてを全体的に風の魔力で決め打ってるんやな? 循環数すら2で決めうちとは、リットさんらしくもない」

「これはティファニアのためだけの護身具だからな。それだけに最適化してみた」


 図面に忠実に従うだけでなく、しっかりと俺の意図を察した上で更なる最適化をかけてくれる。不可解な点には容赦のないツッコミも入る。

 俺はときにエマの指摘を受け入れ改良、そうでないものにはしっかり意図を説明する。



「はあ、さすがはリットさんやな。すべてに的確な理由があるんやもんな。ほんま、かなわへんわ……」

「エマからそう言って貰えると、自信がつくな。いつもありがとな」


 今でこそ鍛冶連合のトップになったエマだが、最初からそうだったわけではない。お客の要求に素直に応える職人が、良い鍛冶師だというのが一般論だった。顧客の設計に文句を出すなど、反感を買ってキャンセルされてもおかしくはない。

 エマは鍛冶連合では孤立気味だった。


(俺にとって、その姿勢は非常に有り難いものだったんだよな)


 エマと出会ったのはたまたまだった。依頼の帰り道に、ぽつんと工具の手入れをしていた彼女に、ちょっとした"思いつき"を依頼したのが不思議な縁のきっかけだった。そこから続く不思議な縁は――ときにドワーフの里を滅びから救ったりもしながら、今このときになっても続いている。

 心から信用できる、頼もしい相棒だった。



「おもしろい挑戦やな、まかしとき! まずはプロトタイプを、明日には完成させてみせるで!」


 最後にエマはそう言って、目を輝かせた。

 すぐにでも作業に取りかかりたくて仕方ないと、うずうずした目。おもしろいものを聞けば、飛びつかずにはいられない――彼女らしい反応だった。



「ティファニアさん。さっそくで悪いんやが、どこかの一室を作業場として借りられへんか?」

「ええ、急に言われても……でも、どうにかします!」


 パタパタとティファニアは走り出す。

 こうして護身用のアクセサリ作成はスタートしたのだった。

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