39. とんでもないものを生み出してしまった……

 エマに護身用のアクセサリのプロトタイプを依頼した翌日のこと。頼まれていた結界術の講座を終え、俺は集合場所にエマが現れるのをいまかいまかと待っていた。


「嬉しそうですね、旦那さま?」

「ああ、理論どおりに動くか、何が起こるか――楽しみで仕方ない!」


 そわそわする俺を見て、


「師匠とエマの信頼関係が、少しうらやましいです」

「ほんとうですね……」


 ティファニアとアリーシャは、そんなことを呟いていた。




◆◇◆◇◆


 それから待つこと数十分。


「いや〜、待たせたな! ついつい力が入ってもうてな〜」


 そう言いながら、待ち合わせ場所に現れるエマ。両手には出来上がったと思われるアクセサリ群を抱えていた。



「ま、まさか頼んでいたもの全部のプロトタイプがあるのか!?」

「あったりまえや。ウチを誰だと思うてるんや!」


 ひとしごと終えた満足感からか、エマは徹夜明けの疲れも感じさせず、エネルギーに満ち溢れていた。


「ということで、さっそく! ティファニアさん、ドッカーンとやっちゃってーな!」

「ど、どっかーんですか?」


 酔っぱらいのようなテンションで両腕を大きく広げて叫ぶエマ。そのテンションに戸惑うティファニアに、リング状のアクセサリを押し付ける。

 ティファニアは、おずおずとそれを装着した。


「まずは一番威力の低いやつからで。軽く力を込めて――そうだな、この石を狙ってもらえるか?」


 俺は手のひらサイズの石を拾い、地面に置く。


「狙う?」

「リングの先端を対象に向けて、そこに魔力を送り込む感じだ」


 首を傾げていたティファニアだったが、やがてはエイヤッと魔力を注ぎ込む。ティファニアの魔力を受け、アクセサリ淡い光を放つ。

 数秒後には、可視化された風の刃がとびだした。


ザシュッ!



 風の刃は、やすやすと俺が用意した石をまっぷたつにした。


「な、なんですかこの威力は!?」


 ティファニアが茫然とつぶやき、


「あんなシンプルな紋章が、石を切り裂くほどに!? ありえへん! ほんとうに紋章の威力が、跳ね上がっとるやないか!」


 エマも興奮した様子であったが、




「むむ、出が遅いな」


 俺としては、不満の残る結果だった。


 何度か結界を通すことで、たしかに飛躍的に威力は増している。しかし、引き換えに生じた遅れは見過ごせなかった。


「ティファニア、次はこっちを試してくれ」


 俺は徐々に威力の高いものを試してもらう。術式を組み替えただけで、術者の負担は同じはずだ。


(ふむ、順当に威力は上がって行くが、発動もどうしても遅くなるな。いざという時に発動出来無ければ意味がない――難しい問題だな)

 

 石の断面を観察しながら、俺は思い悩む。いっそ威力を極限まで上げてから、高速化を考えるべきだろうか。

 何度か繰り返し――



(しまった。つい夢中になってしまったな……)


「ティファニア、今日はここまでにしておこう」

「いいえ、まだやれます!」


 肩で息をするティファニアに気付く。

 ぐっと気合を入れるティファニアだったが、魔力の残量は多くない。無理しているのは明らかだった。


 消費魔力の多さは紋章の欠点だ。不慣れな者が使うと、たちまち魔力が干上がってしまうようだからな。



「ま、まだまだ余裕です! 旦那さまのアクセサリ……使う魔力はほとんど変わらないのにあの威力――いまだに信じられないです!」

「なら最後のひとつ、頼めるか?」


 そう言って俺は、一番威力の高いアクセサリを、ティファニアに渡す。同時に俺は威力を試すために、用意した鉱石を取り出す。


「それってアダマイン鉱石ですよね? 加工するには、専用の工具が必要です。いくら旦那さまのアクセサリでも、傷1つ付けられないと思いますよ?」

「ダメならまた考えるさ。石だと柔らかすぎて、威力の比較も出来ないしな」


「旦那さまがそう言うなら……」


 ティファニアはそう答えて、意識を集中。アクセサリに魔力を、流し込む。

 魔力を注がれ淡い光を放っていたそれは、ゆっくりと時間をかけて鮮やかなエメラルドグリーンに色を変え――



ブォォォオオオン!


 激しい轟音とともに、風が吹き荒れる球状の空間を生み出した。それはアダマイン鉱石に向かって進み――


「はあ?」


 加工することも困難と言われた鉱石を、あっさりと粉砕した。


(……ふむ、さすがに驚いたな)


 暴発寸前まで威力を高めたものは、ここまでの効力を発揮するのか。




「だ、旦那さま!? なんですか今のは?」

「結界で強化されたウィンドカッターだな」


「あれがウィンドカッターなわけがありません!」


 見た目はだいぶ変質していたが、まあそう呼んで良いだろう。


「そんな、ありえません! アダマイン鉱石を砕くとなると――大魔道士の上位魔法にも匹敵する威力ですよ!?」


 そう驚かれても、魔法のことを知らないからな。いまいちピンと来なかった。



「だ、旦那さまが、またとんでもないものを生み出しました」

「まだ完成にはほど遠いけどな。また新たな試作品ができたら、協力してくれるか?」


「もちろんです! 私のために――旦那さま、大好きです!」


 ティファニアはアクセサリを大切そうに胸に抱いた。それからパーッと輝くような笑みを浮かべた。



「師匠〜、私もアクセサリが欲しいです」

「え? アリーシャは、普通に戦えるだろう?」


「戦えますけど――戦えますけど。そうじゃないんですよ……!」


 ムスッとしてしまったアリーシャ。途方に暮れる俺に、



「ウチはいつでも新たな依頼も待っとるからな!」


 エマがやけに良い顔で、売り込みをかけるのであった。……うん、近いことお世話になるかもな。




 こうして生まれた護身アクセサリのプロトタイプは、そのままティファニアが身につけることとなった。彼女が選んだのは、一番最初に試したリング状の可愛らしいアクセサリ。


「こんな平和な里で、そんな物騒なものを使う日なんて来ないだろう?」


 不思議そうに聞く俺に、


「旦那さまからの贈り物ですから。ずっと大事にしますね!」


 そんな嬉しすぎる答えを返しながら。

 ティファニアの幸せそうな笑みを見て、思わず俺まで笑顔になってしまうのだった。



 ――なんの因果だろうか

 ――その護身アクセサリは、近いうちに存分にその威力を発揮することとなる

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