3. まさか、こんなところまでスカウトに!?

「ティファニア様、俺はこの国のいち結界師に過ぎません。

 エルフの里の王族が、そんな気軽に抱きついてはいけません」


 俺は世迷いごとを言うエルフの少女――ティファニアを、メリメリと引っぺがす。特徴的な金髪のロングヘアが、ふわりと俺をくすぐった。


「でも追放されたのでしょう? おめでとうございます!

 旦那さまとは夫婦になるんですから、何も問題ありません!」


 この少女はこう見えても、エルフの里を束ねる王の娘である。エリーゼもティファニアも黙って立っていれば王族の貫禄があるのに、喋りだすと残念な感じになるのは何故なのか。



「このバカエルフ! その胸の飾りで、リット様を誘惑するのはやめなさいよ。

 リット様は、私たち獣人族の集落に住むんだから!」


 ぷくっと頬を膨らませたのは、ティファニアと同時に入ってきた獣人族の少女――リーシア。もふもふのしっぽが楽しげに、ふわふわと揺れている。こう見えて廃れかけた一族を救うために日々を全力で生きる努力家だ。無邪気にティファニアと言い争っているところを見ると、そうは見えないけどな。


「ティファニアもリーシアも、そんなに迫ったらリットさんが困っとるで?

 リットさんの力はドワーフ族の鍛冶スキルと合わせて、ようやく真の力を発揮するんや。な、リットさん?」


 おい、こっちに振るな。

 ティファニアたちの目線が、どうにも怖いんだが。


 こちらを覗き込んできたのは、ドワーフ族の小柄な少女。名はエマ。背負うのは身長に不釣り合いな巨大なハンマー。鍛冶スキル一本で鍛冶連合のリーダーまで上り詰めた本格派の職人――鍛冶師・エマと言えば、遠く離れたこの地でも知る人ぞ知る有名人だ。



「ごめん。昔、ティファニアと、もしもの時はエルフの里で世話になると約束してしまったからさ。リーシアとエマも気持ちは、本当にありがたいんだけどさ……」


 まさかこんなところまで来るとは、夢にも思っていなかった。いや、わざわざ俺をスカウトに来たと思うのは、いくらなんでも自惚れが過ぎるか。わざわざクビを宣告されそうな日程を調べてまで、乗り込んでくるとも思えない。



「旦那さま! 覚えていて下さったんですね、嬉しいです!」


 ティファニアがまた抱きつこうとしてくるので、くるりと回避。アリーシャの視線も怖いしな。


「残念、先を越されちゃったか」

「エルフの里に飽きたら、ウチらはいつでもリットさんを歓迎するで?」


 幸いリーシアもエマも、たいして気にしていない様子だった。

 ほっとしたが彼女たちの優しさに甘えてはいけないよな。何か依頼されたら最優先で応えるとしよう。



「エルフの里の王族に、ドワーフ鍛冶連合の代表に、獣人族の族長まで……」

「しかもあれほど親しげな様子で……」

「あのリットとかいう結界師、いったい何者なんだ?」


 謁見の間に集められた人々が、にわかに騒ぎ始めた。

 


「なっ なっ なっ!?」

 

 中でもエリーゼの慌てようは、見ていて可哀想になるほどだった。口をパクパクとさせて俺とティファニアたちとの間で視線を彷徨わせ、やがてはこちらをキッと睨む。

 ツカツカと歩み寄ってきて、俺の腕を掴もうとしたところで――


「あなたがエリーゼさんですね。お噂はかねがね――」

「はじめまして、ティファニア様。

 遠いエルフの里まで、私の名前が知られているのは光栄です」


 立ちふさがったのはティファニアだった。



「ええ。あなたのことは、よ~く知っていますよ。

 世界の宝とも言える旦那さまを国に閉じ込めて、不当な契約を押し付けてこき使った――悪人としてね」


「なっ、なんですって!?」


 何か言いかけたエリーゼだったが、ティファニアの冷たい視線にさらされ、気圧されたように黙り込んでしまう。王族としての格の違い。ティファニアはこの一瞬の間で、わがまま王女を黙らせてみせたのだ。

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