2. 追放されたらエルフに抱きつかれてしまった件

「俺を追放して、本当に国は大丈夫なのか?

 結界のメンテナンスをできる人が居なければ、あっという間に綻びが生じるだろう。

 下手すると一か月も保たないぞ?」

「不安を煽るのは詐欺師の常套句ね、お決まりのやつ!」


 いや、事実を言ってるだけなんだが……。


「師匠、この人たち何を言っても無駄ですよ」


 呆れた声でアリーシャが言う。


「聖女様が『結界師など不要だ!』と言い切ったのだ。

 最後ぐらい罪を認めて、おとなしく追放されたらどうかね?」


 そんな言葉を吐いたのは宰相だ。



(つ、罪って何だ?)


 心当たりが全くない。

 あまりの言いがかりに、怒りを通り越して笑ってしまう。


「そうか。契約はそちらの都合で破棄するんだな?

 俺は国を出て自由にして良いんだな」

「ああ。いにしえの時代の契約なぞ、破棄してくれる。この国に貴様の居場所はない。

 これからは物乞いでもして、みっともなく生きていくのだな」


 ついには国王からのお墨付き。

 俺が王国に縛られていたのは、先祖様が王国と結んだ専属契約によるものだ。王国の奴らは俺が何を提言しても、決して聞き入れることは無かった。


(契約を良いことに、散々こき使われたしな……)

 

 ほとほと王国には愛想が尽きた。すでに何の未練もなかった。



「これからどこに向かうか……」


 俺のつぶやきを、職を失い行き場所に困った哀れな弱者のつぶやきだと思ったのだろう。

 エリーゼがニヤリと底意地悪くわらった――が、もちろんそんなことはない。


 奴らは知らないのだ。モンスターがあふれかえったこの世界で、フリーの結界師がどれほど貴重かを。


「師匠。当然、わたしも付いて行きますからね!」

「ああ、もちろんだ。一人前に育て上げると約束したからな」


 やたらと気合の入ったアリーシャに気圧されて、俺は思わずそう答えた。



「ま、待て! 国から出ていくのは、そこの詐欺師だけで十分だ。

 アリーシャには、是非とも我が国にとどまってもらいたい。もちろん別の職への斡旋も――」


 気配りができて、教えられたことを貪欲に吸収する素直さ。アリーシャは俺の目から見ても、非常に優秀な少女であり――だからこそ、国王も引き止めようとしたのだろうが、



「お断りです!

 私が信頼するのは、あとにも先にも師匠――リット様だけですから」


 まるで取り付く島もない。



「師匠のような凄腕の結界師は、世界中を探しても見つかりません。

 フリーになったと知れたなら、下手すると争奪戦が起こりますよ? 人間に限らず『エルフ』や『ドワーフ』からも、招待状が届いてるんです」

「ば、バカな。君は騙されているのだよ。

 エルフやドワーフの技術レベルがあれば、こんな詐欺師に頼る必要もないだろう?」



 アリーシャは呆れたように目を細めた。


「基礎研究が進んでいるところほど、優れた結界師は大切。

 その程度は常識だと思っていたのですが、この国では違うのですね。これほどの方を、みすみす手放すなんて――ここまで愚かだとは思いませんでした」


 そう言ってアリーシャは、集まった人々を睥睨へいげいする。

 この少女は随分と、俺のことを高く買ってくれている。師匠と慕ってくれているが、実のところ自分の結界師としての腕前は未知数だ。王国の結界をひとりで支えてきたのだから、それなりに自信はあるが、他の結界師はアリーシャぐらいしか知らないしな。



「アリーシャ、過ぎたことを言っても仕方ないさ。行こう」

「……師匠が、そうおっしゃるなら」


 まだ何か言いたげなアリーシャであったが、俺がいさめると渋々といった様子で従う。怒ると辛辣だが、基本的には素直で良い子なのだ。

 そうして謁見の間をあとにしようとしたところで――




 突如、入り口の扉が開け放たれた。


 入口に立っていたのは、この辺では珍しい服装をした3人の少女。

 中でも扉を開け放った少女は、尖った耳が特徴的な――


「こ、こんなところにエルフですって!?」


 取り乱した様子でエリーゼが叫ぶ。

 無理もない。こんなところまで、エルフが出てくるのは珍しいからな。



「のろまの結界師!

 エルフといったら国賓級でしょう!? 万が一にも失礼があったらいけない。すぐにお通しして――」


 ぎゃーぎゃーとエリーゼが何かを叫んでいる。エルフの少女は、チラリとエリーゼをいちべつしたが、すぐに興味を失ったように目をそらす。それから、とてとてと俺の方に駆け寄ってくると――



「会いたかったです、旦那さま!」

 

 ガバッと抱きついてきた。

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