18. 100点満点中200点?
「さっきアリーシャとは、変換先の魔力の属性について議論したが――今回は別のアプローチで解決を図ろうと思う」
「し、師匠? いったい何を……」
俺は空中に魔法陣を描いていく。それは、単純なものを3つ合わせてだけの、単純ながら複雑な構成をしていた。
「魔力変換の術式を3つも?」
「ああ、変換先が悩ましいなら――すべての属性の魔力を生み出してしまえば良い。簡単だろう?」
俺は生み出した魔法陣に、風属性の魔力を注ぎ込んでやった。バチバチっと激しい音を立てて、魔法陣が激しく3色に輝く。
「ヒッ」
「な、何が起きてるんや?」
「変換術式が競合してるだけだ、じきに収まる」
慌てるエマをなだめる。リーシアがこそっとアリーシャの後ろに隠れたが、アリーシャは目の前の現象をマジマジと観察していた。
俺の言葉のとおり、激しい輝きを放っていた魔法陣は、やがては小刻みな明滅を繰り返しながら収まり――火・水・土の3属性の魔力が穏やかに放出された。
「だ、旦那さま。いったい今の現象は何だったのですか?」
「なにって属性変換の術式を連結しただけだが……」
3つの魔法陣をただ重ねただけで、結界術としての美しさの欠片もない。現象を穏やかにする工夫もしなかったのは、弟子たちに派手なものを見せようというイタズラ心だったのだ。
「し、師匠がまた訳のわからないことをしています。いいえ、これは師匠にとっての常識、私も早く常識を捨てないと……」
「アリーシャ、どうした?」
アリーシャは引きつった笑顔で、何かを呟いていたが、
「師匠の答えが、とても100点だとは思えなかったので……」
ぽつりとそう呟いた。
そうか、アリーシャは一流の結界師になる意思を改めて固めたのだ。こんな見かけ騙しの魔法陣で、満足してくれるはずがない。
「そうだよな、偉そうなことを言っておきながら――こんな不格好な術式を見せるなんてどうかしていた。悪かったな、アリーシャ」
見ていて面白い結界術? 向上心が強いアリーシャが望むものは、そんな見掛け倒しのものではないだろう。
「し、師匠は何を言っているのですか?」
「ああ、言いたいことは分かっている。こんな稚拙で派手なだけの術式――10点、いやもはや0点だ」
いまだに魔力の受け入れを待つ魔法陣を、俺はポイッと抹消する。ああっ、勿体ない! とどこかから悲鳴が聞こえような気がしたが気のせいだろう。
「し、師匠……私は100点満点の中の200点のものを出されたことに驚いただけで――師匠、今度はなにを!?」
アリーシャが何かを言っていたが、集中する俺の耳にはもう何も入らない。
細心の注意を払って、魔法陣を組み立てる。属性変換を単純に3つ足し合わせるのではなく、1つの魔法陣で同等の効果をもたらすため――これは新たな挑戦でもあった。
「――できた」
それほどの時間は経っていないはずだ。
俺の手元には、小型化された魔法陣が現れていた。さきほどの魔法陣とは、まるで比べ物にならない美しい術式だ。
(これなら、胸を張って見せられる)
そうして俺はようやく、こちらを見つめるティファニアのキラキラした瞳と、食いつくようなアリーシャの顔が目の前にあることに気がつく――かなり近い。
不意打ちにもほどがあった。動揺から俺は思わず後ろに飛びずさる。
「きゃっ、ごめんなさい」
「すいません師匠、つい夢中で……」
「いや、良い。俺が没頭して気が付かなかったのが悪い」
ティファニアたちも急に恥ずかしくなったのか、ぺこぺこと頭を下げる。
結界単独でのテストは、十分すぎるほどしたし、
「……さて、実際に隠遁結界に組み込んで試してみたいのだが――ティファニア、問題はないか?」
内心の動揺を隠すように、俺はティファニアにそう声をかけた。もちろんです! とエルフの少女は無邪気な笑みを返す。
「アリーシャ、見えるか?」
「はい、師匠」
隠遁結界のコアとなっていた古い術式を破棄し、変わりに先ほどの魔法陣を組み込む。今度の魔法陣はとても精密なものだ。多数伸びる魔力の回路を、正しく繋ぎなおしてやる――かなり難しい作業だったが、俺はテキパキとこなしていった。
「よし、これで完了だ」
なかなかに疲れる仕事だったが、そのぶん達成感もひとしおだった。実際の稼働確認は、ティファニアにも手伝ってもらう必要はあるだろうけどな。
「だ、旦那さま? 私、こんなこと本当に出来るようになるんですか?」
「いずれはな。アリーシャと一緒に、ここで学んでいけば良い」
「頑張ります!」
ティファニアも決して結界師としての腕は低くない。これほどの難しい施術はすぐには難しくても、簡単な結界のアップデート程度ならすぐに出来るようになるだろう。
「えへへ、これで私も旦那さまの弟子ですね!」
だから無邪気に俺に抱きつくな!
俺は、メリメリッといつものようにティファニアを引っぺがそうとするも、
「でも師匠の一番弟子は、私です。絶対に渡しませんからね!」
「旦那さまに教わったら、あっという間にアリーシャさんのことなんて追い抜いちゃいますから!」
その腕はガッチリと、アリーシャにホールドされていた。ティファニアは、む〜っとティファニアを威嚇していたが、迫力はまるで無くどこか微笑ましい。
「師匠――リット様に弟子入りするには、まずは一番弟子の私を通して下さい。ティファニアは常識を捨てれなそうなので、NGです!」
「アリーシャだって旦那さまに比べたら、まだまだ常識人じゃん!」
(おい、俺を挟んで口げんかするのはやめてくれ? ……最近はこんな感じのスキンシップが流行っているのか?)
というかみんなして、俺を常識知らずみたいに。それより、まずは結界の起動確認をだな……。
暴走するティファニアたちを前に目を白黒させる俺を――やはりリーシアとエマは呆れ顔で見てくるのだった。何故だ。
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