20. 爆誕、エルフの里の守護神

「旦那さま。地点46ー33にレッドボアが現れたようです!」


 結界の制御台の前にいる俺には、迫りくるモンスターの姿を見ることは出来ない。見張りから受け取った情報を、ティファニアを介して受け取る形だ。あらかじめ結界に座標が設定されていたので、結界師の俺はそれを調整すれば良かった。


「その地点に味方は?」

「大丈夫です、居ません!」


 俺はうなずき、結界の術式のパラメータを一部だけ書き換える。そして、風の攻撃魔法を結界に流し込んだ。



ドゴーンッ!


 激しい轟音とともに、エルフの里の外に眩い光の筋が降り注ぐ。

 結界により水属性に変換されたウインドカッターだ。あらかじめ結界に魔力が貯めこまれていたため、ただのウインドカッターとは威力も見た目も別物のようになっていた。


「アルフレッドさん! ど、どうしたんですか!?」


 慌てたティファニアの声。


「ティファニア、どうしたんだ?」

「伝令役のアルフレッドさんが、すごく取り乱しているんです。神を怒らせた天罰――天変地異だとか」


 天変地異、だと。いったい何が起きているんだ!? 熟練の見張りが取り乱すともなれば余程のことだ。


「なんでも遠目に見えたレッドボアに、光輝く激しい鋭い水の刃が降り注いで――浄化されたと。旦那さま、まさかとは思いますが……」

「ああ、ティファニアの想像どおりだ。それは天変地異でもなんでもなく――」


 ティファニアは呆れとも安堵とも取れる、何とも言えない表情を浮かべた。


「それも結界の効果なんですね?」

「ああ、慌てる必要はないと伝えてやってくれ。これからも情報を頼むとも」


 随分と大げさな反応だな、そんなものが天変地異なはずがないのに。きっと、ティファニアの緊張を予測した、見張りなりのユーモアなのだろう。


「旦那さま、6-31です。目標消失」

「13-46、目標消失。43-213、目標消失」


 ティファニアの指示を受け、素早く座標を調整して魔力を撃ち込む。


「これが師匠の――世界一の結界師の仕事。私もいつか、その領域まで……」

「連携も見事。あのバカエルフ――こんなときだけは、しっかり決めるんだから」

「紋章がこんな形で活躍するなんてな! 新たな使い道――これは売れるで!」


 レッドボアの討伐は、あまりに順調だった。ティファニアの指示が的確だった。俺は結界術式のパラメータを素早く調整し、ウインドカッターの魔法を結界に流し込み続ける。


「ついに群れのリーダーであるエルダーボアが現れたそうです。地点は……33ー4」

「分かった。33ー4だな?」


 俺はいつものように、結界に魔法を打ち込む。



ドゴーンッ!


 激しい轟音が響き渡るが、もはやその効果を見守る者たちに動揺はない。



「旦那さま、もう一発撃てますか? ダメージは与えたものの、致命傷ではないようです!」

「なるほど、さすがはエルダーボア。群れのリーダーというところか……」


 この結界では威力不足なのか? ダメージを与えられているなら、連続で撃てばどうにかなるか?


「試しに連続で100発撃つ。駄目なら他の手を考えることにする」

「ひゃ、百? だ、旦那さま何を。アルフレッド、心を確かに保ってください。天変地異、100発行きます!」


 ティファニアがアルフレッドに声をかけたのを確認し、俺はウインドカッターを連発する。できる限り魔力を均等に、共鳴効果も狙って一定間隔で流し込む。


「あの、エマ? 紋章魔法って、普通にあんなに連打できるものなの?」

「ふつうの人間なら、3発も撃てば魔力が空になると思うんやけど……リットさんやからな」

「師匠ですからね……」


 はあ、とアリーシャとエマがため息をつく。俺はキッチリと、100発のウインドカッターを撃ちきり、ティファニアに確認を取る。


「どうだ、ティファニア? まだエルダーボアは生きてるか?」

「いいえ、エルダーボアは10発目あたりで影も形もなく消滅したとのことです。旦那さま、やりましたよ――!」


 感極まったとばかりに、ティファニアは俺に飛びついてきた。

 エルフの王女としての重責の中。伝令役としての役割を、しっかりと果たしたティファニアは――


「まさからエルダーボアを、こうもあっさり倒せるなんて。本当に怖かったんです――今日でここも終わりなのかって」


 俺の腕の中で、涙をこぼしていた。気丈に振舞っていたが、怖かったのだろう。


「旦那さまは――本当に神様みたいな人です。もしくは神が世界を救うために遣わした救世主です」

「そんな、大げさだよ」

 

 大真面目な顔で「神様みたい」と言われても困ってしまう。俺はちょっとだけ結界について詳しい、ただの結界師に過ぎないのだから。

 そんことを考えていると、レッド・ボアの討伐に出ていた者たちが戻ってきた。


「救世主さま!」

「うお、なんか救世主さまとティファニア王女が抱き合ってるぞ!」


 真っ赤になったティファニアがパッと離れる。おい、いつもは無邪気に抱きついてきたのに、その新鮮な反応はなんだ!?


「ええっと、あはは……」


 それから誤魔化すように照れ笑い。その様子を見る人々の反応は、どこか生暖かいものだった。少なくとも「なぜ、人間なんかと!」と反発される様子はなく、そこは安心だった。



「リット様は、エルフの里を救った――守護神だ!」

「救世主様に、森に現れた新たな守護神に――感謝を!」

「リット様! リット様!」


 おい、俺を取り囲んで、崇めるな!? 


「旦那さまっ!」


 そしてティファニア、さっきまでの恥ずかしそうな態度はどこに行った。じゃれつくな、そして抱きつくな!



「師匠は、救世主で守護神でした。なるほど、やっぱり神だったんですね!」


 そして我が一番弟子よ、なぜ一緒になって俺を崇めているんだ! 師匠はとっても困っている、助けてくれても良いのだぞ?




 ――そうして、その日、エルフの里に守護神が誕生してしまった


 というか俺のことらしい。どうしてこうなった?

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