第2話 獣の穴
森の中を、足のない女を半ば担いだまま走る。そのすぐ後ろを走る片腕の彼女も、首輪の鎖に引っ張られる形で俺を追っている。喋れないからその心は謎だが、きっと限界が近いのだろう。振り返ると、表情がそう語っていた。
馬車に乗り込む前に足を折られなくて本当に良かった。何が高く売れるから傷つけず、拘束は緩く、だ。その辺があいつらの甘えた部分だ。なめやがって、ざまぁみやがれよバーカ。
ふと、木々の並びに切れ目があり、そこに小さな沢があった。俺たちはそこで体を洗い、水を飲む。ついでに汚い服は脱ぎ捨て、ズボンのみとなった。(洗ったよ)女たちはさすがにそこまではせずとも、洗って一部を引き裂いて、なるべく臭いをなくした。猟犬に追われたら、マジで一発アウトだからな。
腹いっぱい水を飲むと、俺たちは再び歩き始めた。その道中で足のない彼女が口を開いた。
「あ、あの。ありがとう。もうダメだと思った」
辛うじて聞き取る事が出来た。彼女は尚、俺の背中にもたれかかっている。
「いいよ、どうせ首のこれで繋がれてんだ」
鎖をジャラ、と揺らす。
「私、クラリス。あなたは?」
「……名前は、忘れた」
転生した時、俺は俺の名前を憶えていなかった。名前を知ってしまうと、何か不都合があったのだろうか。
「そっか。なんて呼べばいいかな」
「何でもいい。どうせ、この鎖が解けるまでの仲だ」
「……うん。〇〇(知らない言葉)、大丈夫?」
恐らく舌の事を言っているのだろう。
「派手に見えるけど、実は痛いだけで息は出来てる」
昔見たドラマで、舌を噛み切って死ぬ原因は窒息だと聞いた。根本が落ちて、気道が塞がれるかららしい。
彼女は「そっか」と呟くと黙った。
会話が終わってしばらく経つ。ふと、後ろの女が立ち止まる。
「どうした」
言うと、彼女は足を抑えてしゃがみ込んでしまった。様子を見るに、どうやら挫いてしまったらしい。
「あなたも疲れたでしょ?もう暗いし、そろそろ止まろうよ」
言われて気が付く。どうやらすっかり日が落ちてしまっているようだ。確かに、このまま進むと危険だ。
すぐ近くに洞窟があった。結構深いらしく、奥の方は見えない。
「ここで休もう」
クラリスを下すと、俺と片腕の女も続いて地面に座った。
こうして見ると、中々どうして。二人とも可憐な容姿をしている。訊けば、食人族は若い女の肉が最も好物であるらしく、そのせいで高値を付けられてしまったようだ。全くもって憐れだ。
「あなた、名前は?」
クラリスが訊くと、彼女は地面に文字を書いた。俺にはそれが読めない。
「リーシェっていうのね。よろしく」
どうやら、そういう事らしい。あの村も割と大きな規模であったから、互いを知らなくてもまあ不思議ではない。
クラリスは茶色のショートカット。リーシェは灰色をしたセミロングだ。歳はわからないが、恐らく俺よりも年下だろう。何となく、そんな気がした。
彼女たちが言葉と文字で会話をしている。クラリスの言葉を聞くに、どうやら彼女たちは王国間の戦争の爆発に巻き込まれて体の一部を欠損し、治療の為にあの村の病院の別々の病室にいたようだ。
そして、山賊の目的はあの村に住む薬師であったとクラリスが言う。その薬師はかなりの天才で、優秀な人材だったようだ。俺は何度か会社(表現が合ってるかは知らん)の頭領の使いで訪問したことがあったが、確かに俺とは比べるまでもなく上品な男だった。
つまり俺たちは、彼の略奪に巻き込まれてしまったという訳だな。本当にツイてない。
話を聞きながら目を瞑ると、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
……。
それは、あの殺しで身に付いたのだろうか。どこかから殺気のようなモノを感じ、俺は目を覚ました。
「〇〇〇、〇〇。クソが」
向こうから、微かに声が聞こえる。あれはきっと、例の山賊だろう。
俺は二人を起こすと、クラリスを背負って洞窟の奥へと向かった。
中に入って息を潜めていると、洞窟の中から何かの気配があった。暗くてよく見えないが、何か大きな、そして獰猛な雰囲気が漂っている。唸り声が響くと、俺はようやくその正体を掴むことが出来た。
「……絶対、後ろ見るなよ」
ここは、こいつの巣穴だ。
俺たちは壁にへばりついて、息を止めた。リーシェもその片腕で俺をギュッと近むと、震えながらも必死に声を抑えた。
しかし、それはゆっくりと俺たちに近づいてくる。すり足で、まるでどれから喰うのかを品定めするように。
眼前に迫る。息を呑む。顎を引いて最大まで生きる時間を伸ばすも、それももう……。
「おい、この中はどうだ?」
洞窟の入口から声が響く。するとその瞬間、目の前のそいつは猛スピードで駆けだして、追手に飛び掛かった。
「ぎぃやあああああああああああ!!」
男が叫ぶ。あっという間に腹を引き裂かれて、内臓を喰い散らかしている。その正体は。
「クマだ!それもかなりデケえ!!おい!早くこっち……ぁぁああああああああ!!」
その通り。しかも俺の知っている種族よりもデカく、模様が独特だ。茶色ではなく、雷に打たれたような傷と、銀色に光る毛皮を持っている。
俺たちはただ黙って、男たちが蹂躙されていくのを見ていた。クラリスはいつの間にか気を失ったようだ。意識のない体は、女と言えどもかなり重たい。
「リーシェ。いけるか?」
彼女は、自ら震える足を叩くと首を小刻みに何度も振って、俺に返事を返した。
「うっぐぇえぇぇっぇ!!」
「やっ……嫌だ!死にたっ……ぐあああっ!!」
次々に倒れていく男たちの横を、静かに抜けていく。途中、足元に倒れている男の瞳だけが動いて俺たちを見つめた。
「……貰って行く」
そう言って男の鞄を拾い上げてマントを剥ぐと、俺たちは洞窟を抜け出した。
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