第31話 オーバーロード
『頼もしいな。如何にしてあれと戦う?』
フェデルの背中の傷の治りが胸のモノよりも遅い。そして、体に流れる血液は両者とも同じ銀色だ。
「僕が気を引く。だから、フェデルは隙をついてシンバを取り押さえて欲しいんだ」
『……死ぬ気ではないのだろう?』
「当り前さ。僕を信じて」
言葉に頷くと、フェデルは突進してきたシンバの体を受け止め、両手で
「グォォォァアアアアアァァァァアア!!」
初めて聞く、フェデルの哭き声。だが、それは悲痛な叫びではなく自らを鼓舞するためのモノだ。体の内側をズタボロにされても、フェデルは掴む手を離さない。
「いやぁぁああぁああッ!!」
今がチャンスだと確信し、モモネミが宙へ飛び出す。そして、背中に背負っていたメスをシンバの目に突き刺すと、横へ切り裂いて真っ二つにした。固い体毛と外皮に覆われているとはいえ、眼球だけは水に濡れたように滑らかだ。ならばと、モモネミは刃が届く可能性に賭けたのだ。
シンバの体から力が抜ける。瞬間、フェデルは力を振り絞った。嘴はガバっと開き、顔面は薄い週刊雑誌の様に引きちぎられた。
(ここだッ!!)
モモネミはシンバの背中に飛び乗り、共感を求めずにシンクロを開始した。暴れ狂う体から離れない様にメスを突き刺し、必死にしがみ付いて心を通わせる。
「ゴブっ……」
フェデルは、血反吐を吐くとその場に倒れてしまった。モモネミのシンクロには、その動物の奥底に眠っている潜在能力を引き出す力があった。だからこそ、ウマは断崖を駆け下りることが出来たし、フェデルは内臓を抉られてもその痛みに耐えて戦い続けることが出来たのだ。
しかし、モモネミは彼の姿を目に移すわけにはいかなかった。ただでさえ集中を要するシンクロを、暴れ拒む敵に仕掛けようとしているのだ。少しでも心配をかけてしまえば、確実に失敗してしまうと理解していたのだ。
「……僕の言う事を聞くんだッ!!」
次第に、シンバの体が蠢きだす。そして、首元に捕まるモモネミを体内に取り込もうと、周辺の肉が活性化し始めた。肉はミミズの様に不気味に纏わり付き、グイグイと締め付けて沈めていく。しかし、モモネミは諦めない。光を探している。この怪獣の体に眠る、微かな可能性の光を。
『無謀だ!シンバには自我などない!』
フェデルには解っていた。魔女ダーウィンは、フェデルに知能を与えて脱走させてしまったのだから、同じ失敗を二度と繰り返すわけはないと。心を与えてしまえば、反目の恐れを生んでしまうのだと。妖精のシンクロは、どんな形であれ相手に心がある事が必須条件だ。
「そんな事は解ってるッ!!だから僕は、
……その時、シンバの体が黄金の様に輝きだした。瞬く間に光は部屋中を埋め尽くし、光線となって至る所を焼き尽くす。更に光は輝きを増し、ついには一直線に立つ柱となった。
「僕は、王様になるんだッ!!僕が君たちを苦しみから救うから!!だから、応えてくれッ!!」
光の柱は雲を突き破り、文字通り天を穿った。それは、モモネミがシンバに取り込まれ体の一部となった動物たちとのシンクロを成功させた証だ。細胞となった魂をオーバーロードさせて、全ての魔力の放出させようという試みだった。ここからは、モモネミが完全に取り込まれてしまうのが先か、シンバが再生能力を失うのが先かの勝負だ。
……モモネミの体は、もうフェデルには見えない。しかし、苦しみに耐えて戦っているのは明らかだ。それを思うと、フェデルは歯を食いしばって立ち上がり、光の柱へとゆっくり歩を進めていく。
その時気が付く。シンバの体から聞こえていた動物たちの声が、一つ、また一つと消えている事を。光の柱は、黄金から赤灰色へと変わっていき、段々と細くなっていく。そして、とうとう輝きが消え失せ、炉で燃えていた時と同じ薄汚い煤色となった。
『胸だよ、フェデル。ど真ん中に風穴を開けてやるんだ』
声が聞こえた。手に力を込めて、掌底の形に爪を立てると。
『御意』
轟。太い音が空を裂き、シンバの胸に大穴を開けた。それを繋ぐ血管のような紐を引きちぎりながら背中から飛び出したのは、銀色の心臓。バクバクと跳ねていたそれは、次第に弱く、小さくなっていく。脈動を止めたのは、それから間もない数十秒後であった。
『モモネミ、無事か?』
フェデルは、自分の手のひらに横たわる妖精に訊く。彼は心臓を弾き飛ばすのと同時に、モモネミを救い出していたのだ。
「……へへ、なんとかね」
心の疲労は甚大だったが、モモネミは生き延びた。ひきつった笑顔をフェデルに向けると、親指を立てて気にするなと言わんばかりのサインを送った。
『……流石だ』
小さな体を優しく置くと、フェデルはシンバの元へと向かう。体は不安定で、立ち上がろうとする足が崩れてしまう。両翼は枯れ、嘴は亀裂が走っている。体毛は散って、先ほどまでの巨躯は見る影もない小さな生き物が、ヒューヒューと悲し気な音を立てて呼吸をしていた。
……言葉は、なかった。奇妙だが、彼はシンバに自分と同じ血が流れている事を不思議と誇らしく思っていた。互いに作り物の体で、記憶だって全て捏造されているのかもしれない。しかし、それでもフェデルは横たわるシンバの強い目を見ると、嘗ての王との繋がりを手に入れたのだと思うと、胸を張らずにいられなくなってしまったのだ。
『……御免』
爪を立てて一閃。シンバの首と胴体が切り離されて、戦いは終わりを告げた。
炎は、間もなく建物全体を焼き尽くすだろう。フェデルは再び地下へ戻ると、来た道を引き返してその場を後にしたのだった。
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