第32話 弱点

 × × ×



 「……タクミ様。あの光は」



 「分からない。ただ、何か普通じゃない事が起きてるのは確かだ」



 ペイルドレーン・ワークス国境周辺。転移魔法にてこの地に降り立った勇者の一行は、天を穿つ光の柱を見た。



 「早くした方がよさそうね。急ぎましょう」



 ハーフエルフのミュウが促す。彼女はパーティ内の最年長者の為、まとめ役を買って出る事も多い。



 「そうだな。みんな、俺から離れるなよ」



 ……しばらく歩くと、街を囲う結界に直面した。タクミがそれに手をかざすと、白い炎が彼の手を包んだ。



 「危ない!」



 半獣の亜人、アウラが素早く回復呪文を唱えた。しかし炎は消えず、次第にタクミの体に移っていく。オートヒールのスキル、『パッシブ・リチェーチ』でもかき消す事の出来ない炎は、改めてペイルドレーン・ワークスの魔女の恐ろしさをパーティに痛感させた。



 「くっ……。スキル、『リバース・テンポ』!」



 リバース・テンポは局所的に時間を巻き戻す事の出来るスキルだ。これによってタクミの手は炎を受ける前の状態に戻り、燃えたという事象をなかったことにした。



 「す、凄いです。タクミ様」



 竜の娘、クールンが言う。タクミは余裕の笑みを浮かべてクールンの頭を撫でると、今度は亜空間から彼の聖剣であるエクスカリバーを取り出した。



 「結界を破る。離れていてくれ」



 四人に後ろに下がるように言うと、彼は唐竹を割る様に縦の一閃、剣を振った。すると、退魔の剣であるエクスカリバー結界の一部を切り裂いた。パーティはそこからペイルドレーン・ワークス内部に侵入すると、結界は再び穴を修復させて元通り街を閉じ込めた。



 ……しかし、いくら強力な力を持っているからとはいえ正面突破は無茶が過ぎたようだ。結界の異変を感じ取った魔女たちは、それぞれの工房にて防衛魔法を唱え始めた。街が壊れる事を危惧したのではなく、自分たちの研究結果が失われることを嫌ってのトラップを、街の至る所に張り巡らせているのだ。



 「マズイわ。そこかしこから凶悪な魔力反応を感じる」



 貴族令嬢のレアは、探知魔法の使い手だった。常に魔力や敵対する殺意を感じ取るアンテナを張っていて、事前に危機を察知することが出来る。戦闘に直接関わる事はないが、非常に貢献度の高い人材だと言える。



 「なに、俺たちなら大丈夫さ。レア、妖精の魔力は感じられるか?」



 「さっきの光。あれがフェアリ・バーストなら妖精はきっとそこにいる。……あんなに大きな魔力を放出する事例なんて、聞いたことないけどね」



 実は、先ほどのモモネミの使った相手の魔力をオーバーロードさせる力はフェアリ・バーストと呼ばれる技術だったのだ。本来であれば妖精たちは教育の上で学んでしかるべき知識なのだが、一人で生きてきたモモネミは存在を知らなかった。そして、決して全ての妖精がその力を発動できるわけではないという事も。



 ……街の隙間という隙間から、人の形をした影が湧きだしてきた。その数は計り知れない。それぞれが武器の形をした何かを装備していて、殺意の程を伺う事が出来る。



 「行く先は決まった。それじゃあ、切り進むよ」



 剣を片手に、タクミは夜を駆ける。聖剣は影を一撃で両断し、次々に消滅させていく。しかし。



 「だ、ダメです!魔法が効きません!」



 他のパーティが攻撃をしても、影は形を分けるだけで消し去る事は出来ない。それどころか、分裂して数を増やす始末だ。



 「固まるんだ。お前たちは俺に敵の居場所を教えてくれればいい」



 その言葉を聞いて。



 (……ならば、私たちはどうして一緒にいるの?結果的に、私たちはあなたの足手まといになっているだけじゃない)



 レアは思う。考えてみれば、パーティの全員がタクミに惚れてただついて回っているだけなのだと。確かに、何の作戦も立てずにただ彼の力を過信してしまった自分にも非はある。……あの時だって、そうだった。



 (ねえ、タクミ。あなたは、今までどんな人たちと旅をしてきたの?その度に、一人で戦ってきたの?あなたと旅をした人たちは、今どこにいるの?私たちは、あなたにとって何なの?)



 クールンが人からドラゴンの姿へと変身を遂げ、三人を庇う様に翼を広げた。頑丈な外皮を使って、彼女はパーティのタンク役を担っている。ミュウとアウラはタクミに補助魔法を付与しながら、背後を監視する目となり言葉をかけている。



 切り伏せて進むうち、いつの間にか街の中心にある広場に辿り着いていた。四方を高い建物で囲われていて、中心には魔女たちが抱えているローエン神の巨大な偶像がある。表情は笑っているようで、泣いているようで、怒っているようで。手には贄を抱えていて、しかしそれはまるで供物とされることを喜んでいるように、口に向けて手を伸ばしている。これが、この世界の神の一人。



 「あれは……」



 アウラが呟く。すると、広場に入る為の三本の道の向こうから、巨大なゴーレムがこちらへ歩いてきているではないか。それも、ただのゴーレムではない。この街の地下で取れる水晶を核として構成されたペイルドレーン・ワークスきっての尖兵だ。



 「……私たち、誘いこまれたのよ」



 後方からは不死の影。前方からはゴーレム。しかし、この程度がタクミの窮地となるだろうか。無論、無敵と言われる彼にとって、状況を打破する事が出来ない筈等ない。



 ……



 「レア!」



 ミュウが叫ぶ。その瞬間、前方に気を取られていたレアは、背後から影の剣に貫かれた。



 血しぶきが、クールンの翼に飛び散った。その影は、忍者の様に這い寄り、クールンの目とレアの探知魔法をかいくぐったのだ。前を向いていたタクミが振り返ると、レアは口から血を流して立ち尽くしている。手をダラリとぶら下げて、なぜ体に力が入らないのかも理解していない様子だ。



 「い……。かはっ……」



 「レアっ!!」



 タクミの叫び声が木霊する。すぐさま戻ってレアに剣を刺す影を消し去ると、体を支えて剣を構えた。



 「アウラ!回復魔法だ!」



 呼応して魔法を詠唱すると、レアを緑のオーラが包んだ。しかし、魔女の魔法の邪悪さに力が追い付いていないのか、傷口は一向に塞がらない。



 「そんな……っ。ミュウ!あなたも手伝ってください!」



 「そうは言っても!自分の事で精一杯なの!」



 アウラが前線を離れた為、一人でゴーレムの進行を食い止めていた。ミュウはエルフの高い魔力を活かした攻撃魔法を得意としており、中でも氷雪を扱う技術に長けている。足元を凍結させ、ゴーレムの進行を遅らせているためクールンは後ろの影に集中出来ているのだ。



 「クールン!スキルを使う!少し持ちこたえてくれ!」



 「わ、わかりました!」



 「スキル、『リバース……」



 唱えようとしたその瞬間、建物の上から影の矢が一直線に飛んできた。タクミはそれを弾くが、しかし次々に矢が向かってきてしまう。……確かに、タクミは無敵だ。あらゆる攻撃を防ぎ、全ての敵を切り裂く。向かうところ敵無しだと言っても少しも過言ではない。だが、彼女たちはそうではない。そうではないのだ。



 「クソっ!」



 タクミの目の前に現れる敵は、次々と消え去っていく。しかし、アウラやミュウを襲う影はどうだ?クールンの体中に突き刺さる刃はどうだ?全てを吹き飛ばすスキルだって、確かに存在している。しかし、それを使ってしまえばパーティたちの命はどうなるのだろうか。



 ……力に頼り切ったツケが回ったのかもしれない。この世界に転生してからただの一度も苦戦を強いられる事のなかったタクミには、状況を打破する為の方法が思い浮かばなかった。



 「お前ら!隅に下がってろ!俺が全員片付ける!!」



 そう言うと、タクミは単身で突っ込みゴーレムに剣を振るう。確かに、タクミは仲間を苦しめまいと戦っている。大切に思っているからこそ、死なせない様に独りで戦うのだ。それに、ついてきたの彼女たちだ。戦場に男も女もない以上、傷を受けることだってある事は重々承知の上であったはずだ。



 ……彼女たちは、タクミと戦いを共にする仲間として相応しいのだろうか。その答えは、誰にも分らない。

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