第33話 名前のない化け物

 ……。


 ゴーレムを黒炎で焼き尽くし、剣で核を破壊する。影を切り裂き飛来する矢を叩き落とす。一連の流れは少しの無駄も無く行われ、戦闘は既に十分以上にも及んでいた。しかし、次から次へと現れるゴーレムたちを相手取りながら魔力の尽きかけているパーティメンバーを守るのは骨が折れる。加えて、終わりが見えないこともタクミの焦燥感を煽る原因となっていた。



 何故、ここで一度離脱して回復する事を誰も提案しないのか。それは、本人を含めたこの場の全員が、タクミであれば何とかすると心の底から信じいきっているからだ。この期に及んで、誰一人として彼が負けるなどと思っていない。天上天下唯我独尊。最強にして最高の戦士。それこそが転生者である勇者タクミだからだ。



 だが、現実は非常だ。レアの傷は治る兆しを見せず、刻一刻と終わりへと向かって行く。いくらクールンがドラゴンだとは言え、生物である以上耐久力には限界だってある。ミュウの足止めもほとんど機能していないし、アウラの回復だって後どれだけ施していられるだろうか。



 (マズイ。矢を捌ききれない。なぜ、神は俺を強くするスキルしか寄越さなかったんだ!)



 刹那、タクミの背後を何かが飛んだ。それは固定砲台によって射出された銛だった。



 銛はタクミの一瞬の隙を突き、超高速でクールンに向かう。あまりの速度に、翼でのガードが間に合わない。このままでは、頭蓋を砕いてしまいうだろう。



 「……た、タクミさ」



 その時だった。突然、彼女たちの目の前の壁を突き破って一人の魔女が現れたのは。



 × × ×



 ミザリーの工房内。



 「どうかしら。これがあなたの新しい体よ」



 改造実験は失敗を繰り返し、彼らの時間で一ヶ月もの時間を有す大がかりなモノとなった。その度に地獄の様な痛みを味わったが、これまでに繰り広げられた拷問の数々に比べれば些末な事だと亡霊レヴナントは思っていた。



 「……あぁ。馴染むな」



 簡易な黒の衣服を着ている。両手を握り、感覚を確かめる。拳に力を込めると、これまでに感じた事のない力がある事を実感できた。



 身長は百八十五センチほど、体は異常に発達したヒットマッスルによって覆われている。口は大きく頬まで裂けていて、牙が二本生えていた。骨格は関節が増え、脳を支える脊髄はも太い。これによって、二足で歩く生き物では不可能な動きや、脳震盪への驚異的な耐性を手に入れた。更に、瞬間的に筋肉を硬化させて破壊力を増加させることや、空気、水などの抵抗を極限まで減らして速度を上げる事すらもできる。



 「当然よ。あなたの体を元に悪魔の肉体と合成したのだもの。一体しかない貴重なサンプルだったのだけれど、あなたの為に惜しむのは止めたわ。念の為に、命を幾つか増やしておいたけど、それは必要ないでしょうね」



 悪魔と人間の体に、様々な薬品を投与し錬成された亡霊レヴナントの体には、フェデルと同じ銀色の血と髪の毛があった。どうやら、この色はペイルドレーン・ワークスの秘匿の色のようだ。まさに、悪魔的な力を手に入れたと言っていいだろう。唯一悪魔との違いは、翼と尻尾が生えていないことだ。これ以上悪魔に体を寄せてしまうと、生命維持のコストが爆大なモノとなってしまう為の処置であった。だからこそ、元々の肉体を使って食物によるエネルギーの摂取を可能としたのだ。



 (差し当たって、何をしてもらおうかしら)



 そんな事を考えていると、どこからともなく何かが爆発したような音が聞こえてきた。それに続いて家屋の崩壊するような地響き。こんな事は、少なくとも何百年もペイルドレーン・ワークスで起こりえなかった事だ。



 「……フェアリ・バーストね。外で何が起きているのかしら」



 それから間もなくして、街の結界が切り裂かれて何者かがこの街に侵入したことを知らせるように、ミザリーの防衛システムが作動した。



 「……なるほど。ちょうどいいわ。あなた、力を試してみたいとは思わない?」



 訊いて亡霊に目を向けると、彼は膝をついて右手で顔を抑えている。



 「どうしたの?やはり、まだ体の調子が悪いのかしら」



 フェアリ・バーストに、一瞬だけ懐かしい感覚があったのを感じる。しかし、頭の中のもやを払うと、その場に立ち上がり。



 「聞こえないのかしら。返事をしなさい」



 「……あぁ、聞こえているさ」



 その右手で、ミザリーの腹を突き破った。



 「な……。あなた、どうして」



 「……あんた、俺の記憶の何を見たんだ?」



 「なにって、あなたの全て……」



 「だったら、殺しておくべきだったな。俺は、の為ならなんだってする」



 その言葉は、一度死んでしまった自分への決別の言葉。もう、生き残るなどと言う甘い事は考えてすらもいない。



 手を引き抜くと、ミザリーは力なくその場に倒れた。しかし、すぐに目を覚ますと亡霊の体に白い炎を放ち、その場を離れる。



 (そんな筈はない。だって、あなたの心は完全に破壊されたはず。私に支配出来ないモノなんて、この世には一つもないの!)



 そう考えると、ミザリーはクラリスとリーシェのイメージを亡霊の目の前に具現化させる。二人は、優しい笑顔で亡霊を見ている。



 「ランス」



 炎は、顔の右を焼いて髪を焦がすと、突如として消える。



 「……悪いな。もうランスは死んだんだ」



 そう言うと、亡霊は二人の姿をかき消す。今度は魔女に前蹴りを放ち壁に突き刺した。



 「さあ、あんたは一体何回俺を殺したんだったか。俺って、結構執念深いんだ」



 死体の首を掴んで持ち上げると、ミザリーは目を覚ました。瞬間、極光が部屋中を包み亡霊の目をくらませる。彼が目を開けたときには、既にミザリーは姿を消していた。



 ……魔女は、確かに亡霊の心を壊した。度重なる拷問と彼の根源ともいえる少女たちの力を借りて。しかし、彼はあの絶望の表情の瞬間に別の心を生み出していたのだ。



 それは、復讐心だ。今まで自分を支え続けていたモノが壊された時、その強い想いは更に強い恨みに内包されてしまったのだ。



 ミザリーは、これまで純粋で無垢なモノだけを壊し続けていた。無論、それは元が白であればある程美しい表情を見せるからと言う理由だったのだが、そこにはミザリー自身が気は付いていない。……いや、既に忘れてしまっていた別の理由があったのだ。



 ミザリーは、自分を否定される事を心の底から恐れていた。



 恐怖に支配された少年は、何とか助かろうとミザリーに縋る。その時の快感と幸福感は、何物にも代えがたい。何十年もその感情に溺れていたからこそ、ミザリーは自分が恨まれる等と毛ほども思っていなかったのだ。



 事実、本人である亡霊ですらも二人の姿を消された時に自我の崩壊を恐れた。もう立ち上がれないのではないかと、そう思っていた。だが、彼はそれすらも超越した。純白で漆黒の心を胸に抱いて。



 あの化け物は、あなたミザリーの承認欲求が産み出したのだ。

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