第34話 勇者と化け物の邂逅

 「……邪魔だな」



 亡霊は、自分の左腕を引きちぎり右目を潰した。それは、嘗ての様に少女たちの幻影を求めたからではない。彼の戦闘スタイルが、隻腕にして独眼に基づいて形成されているからだ。視えることで見切れず、使える事で扱いきれない事を嫌っての行動だ。



 亡霊は傷口を縛ると、すぐにミザリーの後を追った。家の外に、後ろを向いて魔法を詠唱している姿が見える。彼は手元に置いてあった蝋燭立ての太い針を掴むと、それをミザリーの口に目掛けてぶん投げる。飛来したそれは見事に口の中に飛び込み、喉の奥を潰して貫通して行った。



 しかし、魔女はそれでも負けじと詠唱を完了させ、極太の雷を亡霊に浴びせる。だが、彼はそれを素手で切り裂きながら突進し、帯電した拳のままに魔女の顔面を殴りつけた。そして、魔女は数十メートル吹き飛ぶと、壁を突き抜けて命を落とした。



 首をゴキゴキと鳴らし、その建物の中に侵入する。しかし、死の間際にトラップを仕掛けていたようだ。近づいたその瞬間に、亡霊の体目掛けてチェーンの形をした雷が幾つも飛んでいく。バヂバヂィ!と雷音を響かせ、全身にほとばしる光。だが、彼は痺れながらもミザリーの体を無理やり起こし抱きしめ、生き返ったミザリーもろとも、高圧電流を受け続けた。



 「……きっ!あぁああぁあああ!!」



 悲痛な叫びの後、ミザリーは自ら電流を解いた。そして、魔女は自らが恐怖心を抱いている事を自覚した。



 「あと何回生き返れる?」



 言葉に歯を震わせながら、極光の魔法を唱えようとしたその時。



 「うぐっ……!」



 亡霊はミザリーを思い切り壁に叩きつける。再び壁を崩壊させ反対側に出ると、そこには怯えた表情で固まる少女たちとドラゴンの姿があった。



 ミザリーを追って、亡霊は壁から飛び出す。真横からは、まるで待ち構えていたかのように巨大な銛が亡霊を目掛けて突っ込んできている。



 「邪魔だッ!!」



 彼はそれを空中でキャッチし、銛の勢いに乗せて空中で体を捻るとそのままミザリーをぶち抜く。銛に体重を乗せると、その対岸の建物の壁にまで届き、張り付ける様に深々と突き刺さった。



 「あと何回だ?」



 訊きながら銛を引き抜くと、地面に倒れこむミザリー。亡霊は、それを見ても笑いもしない。



 欲望に溺れた末路だった。永遠の命を手に入れたはずのミザリーは、死ねない事を後悔している。自分でも、あと何度殺されれば終わるのか、それがわからない。



 「……あ、あの人」



 突然開いた穴の傍。怪我の治療を受けていた満身創痍の少女レアが呟く。他のメンバーは、誰一人亡霊の正体に気が付いていない様子だ。



 ゴーレムの一体が亡霊にストレートパンチを振り下ろした。しかし、それを見切っていた彼はその拳に目を向けると真っ向から力比べをするように拳を突き上げる。パワーで負けたゴーレムは後方へ吹っ飛び、とある男、……勇者と戦っていた二体のゴーレムを巻き込んだ。



 「だ、誰だ!?」



 巻きあがる埃の渦の中から現れた姿を見て、勇者は剣を亡霊に向ける。



 「ひっ……。あっ……」



 次第に露わになっていく、彼がその手に持つ影。怯えるその姿を確認した勇者は、瞬足で亡霊に近づき斬りかかった。



 「……た、たすっ」



 亡霊は勇者が振りぬいた剣の先に、ミザリーの体を向けた。勇者は首をねる寸でのところで剣を止める。それを見た彼はその剣を一瞬で奪い取ると、宙に体を投げて横薙ぎに剣を振るった。



 「なまくらだ。切れやしねえ」



 勇者の聖剣エクスカリバーは、勇者にのみ扱うことの出来る代物だ。今のように資格のない者が振るっても、持ち上げることも困難な程重く切り裂くことも魔を払う事もできない。それにも関わらず、彼はエクスカリバーで魔女を斬り……。いや、殴りつけたのだ。



 鈍く重たい刃を叩きつけられた魔女は、またしても壁を突き抜けて飛んでいく。衝撃ではじけ飛んだのか、亡霊の目の前に無残に引きちぎれた片腕が転がった。それを奴の口の中にねじ込んでやろうと考えて拾い上げると、穴の向こうへ。



 「待て!!」



 勇者が別の剣を持って亡霊に斬りかかる。瞬間、見切りの極意が警鐘を鳴らした。持っていた聖剣を構えて攻撃を受け止めると、聖剣は彼の手を離れて遠くへ飛んで行った。睨みつける勇者の顔を見据える。



 「お前!あの人が一体何をしたって言うんだ!!」



 独眼にして隻腕。その腕は長く爪が光っていて、頬まで大きく割れている口と尖った耳。翼と尻尾はないが、タクミにとって今の彼が敵にしか見えないのも致し方ない。敵の敵は味方、とでも言えばいいのだろうか。だから、亡霊に襲われているミザリーを被害者だと思い込んでしまったのだ。



 言ってる間に、影は少女たちの元へと進行を続けている。いつの間にか、ドラゴンの姿がない。亡霊は知る由もないが、ハーフエルフの後ろに倒れている少女こそがドラゴンだからだ。クールンは、幾多の攻撃を防いできたが、とうとう限界が訪れてしまったのだ。変身は解け、小さな体で横たわっている。



 「タクミ!!もう魔力が持たない!!」



 ミュウが叫ぶ。影を足止めしていた氷の壁が打ち砕かれてしまったようだ。



 「みんな!!」



 ゴーレムが急速に迫る。後ろには壁。おまけに間もなく影が大量に流れ込んでくる。数秒後には、彼女たちは確実に死ぬだろう。急いで守りに向かおうとする勇者だったが。



 「それは通らねえだろ」



 地面を蹴って勇者に迫る亡霊。彼にとって相手が誰であるかは重要ではない。問題は、復讐を邪魔された事だ。



 「くっ……ッ!今はそんな事してる場合じゃない!!」



 「だったら、初めから突っかかるべきじゃなかったな」



 勇者の腹に蹴りを叩き込む。スキルで無効化しきれなかったのか、彼は一瞬だけ表情を歪めた。



 「タクミっ!!」



 「やめろおおおおぉぉぉおおおぉぉッ!!」



 ついにその時がやってきた。ゴーレムが少女たちを踏みつけ、影がその場へ流れ込んだ。そして、目線を奪われた勇者の顔面を思い切り殴りつけると、彼はとうとうダメージを負ったのだった。

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