第35話 乱戦
「どけッ!早く助けに行かないと!!」
立ちふさがる亡霊を睨みつけ、説得を図る勇者。しかし、彼にはそんなもの通用しない。それに、亡霊はタクミが勇者である事ももう気が付いていないようだ。復讐心と、あまりにも長い時間閉じ込められていたせいで記憶があやふやになっている。
「だったら、あんたが逃がした魔女をここに連れてこい」
「ふざけるなッ!スキル、『アブソリュート・フォルス』!!」
自分を正義だと信じている彼にとって、対価を求められる事が許せない。それでなくても、そんな悠長な事をしている場合ではないのだが。
説得を早々に諦め、亡霊に剣を投げつけて走り出す。アブソリュート・フォルスは勇者の最終奥義の一つで、神に与えられた身体能力を最大まで引き出す事が出来る。しかし、この世の万物を超えるという事は、当然踏みしめる大地をも壊してしまうということだ。
「なにッ!?」
亡霊を突破しようと走り出したが、その力によって地面に穴を開けて思う様に進むことが出来ない。何でも斬れる剣を仕舞う鞘が存在しない様に、彼の本気の力はレフトに収まりきらないのだ。その隙を突いて脳天にかかと落としを見舞う亡霊。パニックになってしまったタクミはもろにくらってしまう。見た目ほどではないが、確かにあるダメージの感覚は更に彼の焦燥感を掻き立てた。
(こんな……、こんな馬鹿げた話があるか)
当然、タクミは今までに最終奥義など使った事がなかった。彼は敵はおろか、自分の実力すらも理解していなかったのだ。しかし、最強故のその無知を共感出来るものは、誰一人として存在していない。責める事の出来る者は、一人もいない。
「どけよおおおぉぉおぉおおぉ!!」
起き上がりながら亡霊を弾き飛ばす。最大にまで力を引きだされたその拳は音速を超えた。拳に対して足を突き出した亡霊だったが、衝撃波によって衣服を千切られながらきりもみ回転で上空へとカチあげられた。しかし、一緒に巻きあがった瓦礫を二、三蹴り飛ばして反撃。一度ダメージの感覚を受けたタクミにとって、それはもう無視できるモノではなかった。
……だが、亡霊は見た。ゴーレムと影の混沌の中に大きな獣の影を。
「勇者様!大丈夫だよ!みんな無事だ!!」
声の後に、背中に少女たちを乗せた一頭の銀色のクマが土煙を切り裂いて現れた。その口には、ゴーレムの核が咥えられている。彼らは早々に弱点を見抜き、ゴーレムの一体を撃破しつつ救出を完遂したのだ。そのまま壁の下を走ると、その先に少女たちを降ろして亡霊を威嚇するように低く吼えた。
その正体は、妖精のモモネミとクマのフェデル。この街に侵入していたもう一つの反乱分子だ。
「妖精の……」
助けに来たはずのモモネミに命を救われた彼女たち。しかし、何故狂暴な姿のクマが自分たちを守ってくれるのか理解が追い付いていない。お礼を言おうにも、安堵に泣き出しそうな気持を押し殺すので精一杯で言葉が出なかった。
「フェデル。勇者様を助けるんだ」
『御意』
二人は心をシンクロさせると、勇者の元へ駆けよる。しかし、タクミはその場で戦う事をせず、すぐに仲間の元へ向かった。
程なくして着地した亡霊。正面から突っ込んでくるフェデルを見ると、足を硬化して思い切り踏ん張り、右手一本でその体を受け止めた。
『ぬぅ……っ』
フェデルが押し勝とうと更に力を込めると、亡霊は素早く体を翻し、顎の下へ強烈な裏回し蹴りを放つ。潜在能力が引き出されているにも関わらず、フェデルの体はモモネミごと吹っ飛んで行った。……モモネミが違和感を覚えたのは、体を宙に浮かせた瞬間だった。敵の悪魔の顔を見ると、不思議と目が合ったのだ。
「……レヴ?」
壁を突き破り、音を立てて崩れる瓦礫に埋もれてしまう二人。グリフォンとの闘いの傷も未だ癒えておらず、フェデルは立ち上がる事も困難な状況だった。
「フェデル!!」
心の内側から、フェデルの深刻さが伝わってくる。今の攻撃は洒落になっていないダメージだ。……にも関わらず、彼は起き上がってモモネミを守ろうとする。ゆっくりだが、少しずつ立ち向かっていく。
「動いちゃだめだ!本当に死んじゃう!!」
当然の事だ。あの勇者にダメージを負わせる程の威力なのだから。これがフェデルでなければ頭部が弾け飛んでいてもおかしくない。もう戦わせるわけにはいかないとシンクロを解こうと思うが、しかしそうしてしまえば分泌された脳内麻薬の効果が薄れて苦しみに耐えきれないかもしれない。
「お願いだ!これ以上戦わないで!」
『……モモネミの窮地に背を向ける事など出来ん。貴殿は、
フェデルは、この戦いの中でモモネミを王として認めていた。妖精は、森の王をシンバから継承したのだ。
一方で、いつの間にか亡霊は影に囲まれていた。消しても増えるその性質を知ると、その中の一体から剣の形をした部分をもぎ取り、それで影を斬り伏せる。ダイアモンドをダイアモンドで切断出来るように、同じ物質であれば攻撃が通用すると予測したのだ。しかし、これは邪悪な力、つまりペイルドレーン・ワークスの力を持つ彼にしかできない芸当だ。それを表すように、影は右の手を覆いつくすように広がって食いつくそうと蠢いている。浸食を抑えながら、彼は戦っているのだ。
奇妙な事だが、結果的に先ほどまで殺し合いをしていた勇者とモモネミを守っている形となっている。そして、敵の力をも己の物として最後まで戦い抜く姿は、やがてモモネミの違和感を確信へと変えていったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます