第30話 怪獣VS怪獣

 「……っ!?フェデル!危ない!」



 それは、突然の出来事だった。燃え盛る肉片が、炎を纏ったまま炉を飛び出してフェデルに飛び掛かったのだ。



 『ぬぅ!』



 彼はそれを両手で受け止め鷲掴みにすると、壁に向かって思い切り放り投げた。剛腕から繰り出されるパワーによって、壁に叩きつけられたそれは四散する。工房内に飛び散った血液は、銀色をしている。肉片と共に飛沫した炎は至る所に移り、メラメラと部屋の温度を上げていく。



 一体、どれだけ長い時間かれていたのだろうか。恐らく、この炉に入れられていたのは焼却処分の為ではなく、刀の様に灼く事自体が強い魔獣を作る為の肯定だったのだろうとモモネミは考える。何故なら、被検体の処分は地獄の穴ブロスアイマへの廃棄だと解っているからだ。それに、炎程度で消えてしまうような代物を、魔女が生み出すはずもない。



 「だ、大丈夫?」



 『あぁ。だが、まだ終わっていない』



 言っているうちに、四散した肉体がグズグズと蠢きだす。気味の悪さにモモネミはフェデルの背中に隠れると、彼は庇うように肉片を正面に捕えた。それらは一か所に集まり、段々と形を形成していく。放置されていた触媒を取り込み、燃える炎を取り込み、ついには作業台や傍らにあった亡骸を取り込んでいった。



 「マズイよ!肉片の魔力が暴走してる!生きてるんだ!」



 肉片は増殖し、徐々に生物の形へと変化していった。そして、二人の目の前に現れたのは大きなくちばしと翼に猛々しい四足の下半身。禍々しい雄たけびを上げるのは、炎と煤の混じった赤灰色をしたグリフォンだった。



 「フェデルっ!!」



 モモネミが叫ぶと、フェデルは天井に大穴を開けてそこから上に昇った。その後を追ってグリフォンは飛翔すると、待ち受けていたフェデルの喉元へ猛スピードで突っ込んだ。受け止めるも、勢いに押され壁をぶち破る。踏みとどまったのは、二枚目の壁に押し付けられたその時だった。



 『非力なりッ!!』



 フェデルは右手で顔面を鷲掴みにすると、、前足の間に左腕を突き刺し、体内を爪でズタボロにかき回した。体内にあった木の板を引き抜くと、グリフォンの体が不安定に崩れる。その期を逃さず、掴んでいた右手を離して顔面を思い切りぶん殴る。たまらず吹き飛ぶと、今度は別の壁を突き破って部屋を移動した。



 素早く後を追うと、そこは被検体の入れられた檻が並べられている倉庫の様な部屋だった。



 『……これが、実験の成果か。ダーウィンよ』



 グリフォンは、崩れた肉体で被検体の動物を飲み込んでいく。いくら叩いても分裂し、圧縮し、増殖し、次々に赤灰色の体を増やしていく。やがて一か所に集まって再びグリフォンの形を取り戻すと、先ほどまではなかった体毛が体一面を覆っていた。全ての動物を取り込むと、その体毛は鈍い金色に染まっていった。



 「グルォォォォオオォォォオオオオオォォォ!!!」



 咆哮は、凄まじい圧でフェデルとモモネミに襲い掛かる。勢いで吹き飛ばされそうになるのを必死で堪えると、モモネミはフェデルと心をシンクロさせた。崖を駆け下りたウマの様に、フェデルはオーラを纏う。その色は、グリフォンと対極の銀色だ。



 睨み合いは一瞬だった。瓦礫が崩れた音と同時に両者が衝突。衝撃は辺りの檻を吹き飛ばしたが、互いに一歩も動かない膠着状態となった。しかし、グリフォンの体が刹那的に崩れた事により、フェデルはバランスを崩してしまう。瞬間、その大きな嘴で胸に食いつくと、強烈な顎の力によって肉を食いちぎられてしまった。ボタボタと流れ落ちるその血液は、工房で飛び散ったモノと同じ銀色だ。



 「ぐっ……っ!」



 モモネミを痛みが襲う。しかし、戦っているフェデルが弱音を吐かないのだから、自分が痛みを嘆いている場合ではないと解っている。歯を食いしばると、脳みそをフル回転させて戦況を打破する方法を考えた。



 そんな時、グリフォンの尻尾が欠けているのを見たフェデルがおもむろに思いを巡らせた。今の攻撃で、疑いが確信へと変わったからだ。



 『……シンバ。貴殿か』



 モモネミには、その瞳が悲しそうに見えた。



 「……もしかして、知り合いなの?」



 『もう、下半身だけだがな』



 ……嘗て、地獄の穴ブロスアイマから湧き出る魔物と肩を並べて戦い、そして共に森を守っていた百獣の王、シンバ。空席となったフェデルの守る森の玉座に座っていたのは、他でもないこのシンバであった。尻尾の欠けた理由は、フェデルが忠誠を誓った戦いの証。ある日、シンバが忽然と姿を消したその理由は、何の因果かフェデルを生み出した魔女ダーウィンに捕えられていた事だった。



 それを聞いて、モモネミは何故突然魔力が暴走したのかを理解した。シンバの魂はフェデルを忘れていなかったのだ。肉片だけになって尚、忠実な家臣の姿を忘れていなかったのだ。しかし、自分が何者なのかもわからない、感情の名前もわからなくなってしまったシンバは、衝動を抑えることが出来なかった。弾けだした想いが宝石の触媒を介して名前のない魔法となり、この体を作り上げたのだ。



 「グルルルル……」



 嘴から大粒の涎を垂らしている。翼を広げ、輝く羽が宙を舞う。しかし、あの日フェデルが見たシンバの王たる風格は、そこにはなかった。黄金に輝くたてがみも、鋭く光る牙も。なにより、民を統べるに相応しいあの眼差しも失われてしまっていた。



 森を守るという強い思いが、皮肉にも全てを飲み込んで己の肉とする力を覚醒させてしまったのだ。飲み込まれた動物たちのうめき声が、シンバの肉体の中から聞こえてくる。モモネミは、その悲痛な叫びを一心に受けて、思わず耳を塞いでしまった。



 『……目を、背けるな』



 フェデルが言う。血は既に固まっていて、齧り取られた傷は銀色に輝いている。



 『モモネミ。貴殿は王になるのだろう?ならばよく見ておくのだ。あの姿を。よく聞いておくのだ。あの声を。民を統べるという事は、頂点に立つという事は、あれをも受け止める大きな器を得る事だ!!』



 怪獣二匹が咆哮を上げる。再び激突すると、今度はフェデルがシンバの片翼を鷲掴みにして思い切り引きちぎった。そこに爪を突き立て、体を真っ二つに両断する。しかし、上半身だけになってもシンバは戦う事を止めない。かぎ爪をフェデルの背中に突き刺すと、大きく一閃に切り裂く。銀色の血が噴き出したのは、かぎ爪によって肉を抉り取られたからだ。更に、シンバの下半身はウネウネと蠢きながら再び上半身へと吸い付き、すっかり元の形に戻ってしまった。



 シンバは羽ばたいて飛び上がり、フェデルに蹴りを放った。腕でガードしたものの、またも壁を突き破って吹っ飛んでしまう。瓦礫に埋もれたフェデルはそれをどかして立ち上がろうとしたが、力が抜けてしまって立ち上がれない。ダメージの深刻さは明らかだ。このままでは、負けてしまう。



 (ダメだ。ただ攻撃してもダメージはない。何とかして、弱点を……)



 そんな時、ある閃きがモモネミの頭をよぎった。今のシンバは、魔女の正規の手順を踏んで生まれたわけではない。魔力が暴走して、それが肉体を通して暴れているだけだ。ならば、その魔力がなくなれば再生能力だけでも消す事が出来るんじゃないだろうか。



 「……フェデル。わかったよ。僕が君を勝たせてみせる」

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