第29話 不完全燃焼

 ……。



 目を覚ました二人は、吹きすさぶ瘴気を突破してペイルドレーン・ワークスの坑道へと入り、曲がりくねったその中を進む。十分程で月明かりが差し込む穴の入り口を見つけると、そこから上って街の中へと侵入した。炭鉱の跡地になっているようで、錆にまみれた掘削用の工具が、土に突き刺さったままそこかしこに放置されている。魔法の発展より前の遺産だ。



 「案外、簡単に忍び込めたね」



 『外から入ろうと思う莫迦ばかがいるとは思うまいからな』



 「……フェデルの捕えられていた場所って、どこだい?」



 『この先にある、赤い屋根の建物だ。多数の動物を抱えているため、他の家屋よりも大きい』



 足音を最小に抑え、フェデルは影を歩く。その巨躯にしては、あまりにも洗練された忍び足だ。



 目的の場所はすぐに見つかった。頑丈な門と外壁が家の周りを囲い、高い煙突からは煙が立ち上っている。中に人が居るのだろう。



 「ひょっとして、その三百年前の魔女も生きてるのかな」



 『恐らく』



 そう言って、フェデルは自分の胸の傷を見た。



 「……痛むのかい?」



 直接の痛みはないが、疼きに堪えるフェデルの気持ちがモモネミにも伝わっている。



 『うむ。だからこそ、奴はいると確信出来る』



 「……それなら、きっとレヴを攫った魔女の事も知っている筈。先にここを攻略しよう」



 当てもなく彷徨っていては、たどり着くまでに死んでしまうかもしれない。それに、それだけ長く生きているのであれば何か手掛かりを知っていてもおかしくないと踏んだのだ。



 『突撃するか?』



 「ううん。残念だけど、その魔女はきっとフェデルより強いよ。何か策を考えないと」



 目的は、その魔女を捉える事。そして、フェデルの復讐を果たす事。その為の方法を、モモネミは頭の中に描き始めると、フェデルに待つように指示して一人壁の周りを調べ始めた。



 『仮にそれが上手くいったとして、奴は大人しく話すだろうか』



 会話は、いつの間にか離れていても通じるようになっている。



 「フェデル、君は僕とどうやって会話をしているの?」



 言われて気が付く。モモネミがフェデルの意識を汲み取って会話をしている事を。



 『……なるほど。つまり、頭の中で何かを思ってしまえば伝わるわけだな。しかし、それなら貴殿の仲間の意識を探ればいいのではないか?』



 「……ないんだ。レヴの意識も、波長も」



 声色は、努めて落ち着いている。



 『気を失っている、と言う事か?』



 「ううん。きっと、もっと酷い」



 そこまで聞いて、フェデルはこれ以上詮索をする事を止めた。家臣として、男として、訊いてはいけないことだと直感したからだ。



 モモネミのテレパシーは、自分の心に鮮明に思い描いた者の声を聞くことが出来るようだ。そして、読心術ではなく、あくまで互いに意志を送り合わなければシンクロさせることが出来ない。故に、町中に潜む魔女の声が聞こえることもない。



 それは、亡霊が助けを求めていない事をも、表していた。



 ……。



 「お待たせ。状況はわかったよ」



 戻ってきたモモネミは、フェデルに説明をする。建物の窓の数やセキュリティ。そして外から見えた実験動物たちの数や様子。果ては周辺の地図を、その場にあった瓦礫や小石を使って説明した。



 「凄く古い建物みたい。けど、結界が強固に張られている。きっと、触れれば一瞬で見つかってしまう」



 それは、恐らくフェデルが脱走したことを教訓に張り巡らせたのであろう。しかし、モモネミはそれを知って三百年前の魔女が健在である事を確信していた。



 『ならばどうする。我が暴れて気を引くか?』



 「それもよさそうだけど、もっといい方法があるよ」



 言うと、モモネミは遠回りをして建物の裏側へ回る。そして、路地を挟んだ場所にある建物の中へ入った。



 「廃屋だよ。誰も住んでいないみたい」



 一番奥の部屋へ向かう。そこには、封鎖するように分厚い板が何重にも敷かれていて、釘で打ち付けられていた。妖精に言われ、クマがそれを静かに引きはがすと、下へ続く階段があった。



 「気を付けてね」



 フェデルが通るにはいささか狭すぎるように感じるが、そうも言ってられない。無理やりに体をねじ込んで、何とか地下へと降りた。



 『……工房か』



 真っ暗闇だが、二人の視界にはしっかりと映っている。



 「どの家の煙突からも煙が出てるのに、その下の部屋には火が無いんだもの。だから地下が怪しいんじゃないかって」



 『つまり、ここを掘っていけば向こうの工房に辿り着く訳だな』



 「そう言う事。さあ、行こう」



 フェデルが敷き詰められていた石の壁を切り裂き、土の壁を掘っていく。途中、キラキラと光る鉱石が幾つも埋まっていて、モモネミはその一つを手に取った。



 「すごいや。原石なのに、こんなに綺麗だなんて」



 光源もないのに光っているのは、それが只ならぬ物であることを意味している。そして、これらの宝石や水晶がペイルドレーン・ワークスがこの場所に建国された理由でもあった。魔女たちは、魔法にこれらの石を使う為鉱山を乗っ取った。ここで取れる石の美しさと耐久性は、レフトに存在する物質の中でも最高級である。だからこそ、一流の魔法の触媒として打ってつけなのだ。



 ……そんな中を、分厚い岩盤などものともせずバターの様に切り裂き進むフェデル。ついに、石の壁にぶち当たると、音を立てない様に崩していった。



 「ビンゴだよ。ありがとう、フェデル」



 『勿体ない言葉だ』



 工房の中に、魔女はいなかった。いきなりの戦闘を覚悟していた二人にとって、それは拍子抜けする展開だ。しかし、ならばどうして煙が出ていたのだろうか。……その答えを、モモネミは既に知っている筈だ。



 ……炉には、燃料不明の炎が燃え続けている。傍らには、無数の目を持つ四足歩行の謎の生物の死骸。試作品なのか、色やサイズに違いはあるが。



 「……あの野営地に、ここの魔女は居たんだ」



 『どういう事だ?』



 「レヴが、既にそいつを殺してる」



 モモネミの言う通り、あの場所にフェデルの敵はいた。しかし、それは我々が知る通り、亡霊の手によって既に亡き者となってしまっている。



 『……そうか。我の倒すべき敵は、もういないのだな』



 そう言って、フェデルは静かに炎を見ていた。

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