第28話 到着するまで

 × × ×



 『して、モモネミよ。如何にしてその仲間を助けに行くのだ』



 「まずは街の様子を探らないと。あぁは行ったけど、実は僕あそこがどんな形をしているのかもしらないんだ」



 『ならば我に任せてくれ。あの場所は、我にとっても因縁の場所だ』



 そういうと、フェデルはモモネミにペイルドレーン・ワークスには太陽が昇らず、夜しかない国である事。行政や司法は、形だけを残して機能していないこと。しかし、国内で犯罪は起こりえないという事を説明した。



 街も一つしかない小国であり、その中にもほとんど人は歩いていないようだ。人口も数百人程度で、一人残らず『ローエン魔法教』という宗教団体に所属している。……と言うよりも、ローエン魔法教は魔法を狂信する者はすべからく入信している宗教であり、レフト中に信者が存在している。つまり、ペイルドレーン・ワークスに住む為に入信するのではなく、住む前から入信していた魔法使いが集まった、と言うべきだろう。



 「なんで外に出ないの?」



 『根本的な話、奴らは研究にしか興味のない連中だ。一人一人が工房に始祖であるローエン神の偶像をを所持し、それを崇拝している。それ故に、あの街には教会は存在しない。だから、建物の外に出るのは被検体を確保する際だけなのだ』



 「食べ物はどうしてるの?畑を作れるような場所でもないし、国土もないよ」



 『全てはここから西にある国、トロエル法国との貿易にて賄われている。人口から言って、量が必要にならない事が最大効率への功を奏しているようだ。因みに、魔女は知識を資源に輸出している。他国にとって、それほど奴らの魔法知識は貴重なのだ』



 事実、それぞれの国のアンダーグラウンドでは、ペイルドレーン・ワークスの魔女が生み出した『ニューケ』と呼ばれる世界最大規模の範囲を爆撃することの出来る魔法のスクロールを所持している。ニューケは一たび爆発すると、その十キロ平方メートルの範囲を草も生えない死の土地へ変えてしまう程の威力を持っている。



 嘗て、まだ人間同士が戦争をしていた頃にレフト上最大の国家である『メイリーン合衆国』が、今は世界地図から消え、名前も忘れられた島国をニューケによって爆撃し、その国土のほとんどを吹き飛ばしたという過去がある。それでも、各国の政府がニューケを所持する理由はいずれの国が魔物によって支配された時にはその国を地図から消すという条約を結んでいるからである。……無論、それは表向きの話であり、本当の理由は魔王が滅んだ後に国を発展させるうえで、他国に後れを取らないための牽制だ。



 「ニューケのスクロールって、魔女たちが作ったものだったんだ」



 『あの国の魔女を除いて、あれを唱えられる者はいない。もしその秘匿を破る者があれば、その国はたちまちペイルドレーン・ワークスを滅ぼし、レフトを支配するだろう』



 故に、狂気の国ペイルドレーン・ワークスは、その小さい国土と人口でも中立国家として存在していられるのだ。



 「ところで、どうしてフェデルはそんなに詳しいのさ」



 『我も嘗て、あそこに囚われていた。冷静に考えて、三百年も生きていられるクマがいるわけないだろう』



 「そっか。そうだよね。……ひょっとして、その体の傷は」



 『そうだ。脱走した際に受けた傷だ。我は身体と思考能力を改造された』



 黒髪の魔女、ミザリーが絶望を求めるように、動物を性的趣向として崇める魔女も当然存在する。フェデルは生まれて間もない頃にその魔女に捕えられ、長い間支配されていた。



 その時、モモネミはフェデルの大きな体が震えていることに気が付く。背中からは表情は見えないが、きっと怯えているのだろうと考えると、妖精は背中を撫でながら言う。



 「大丈夫?」



 『……武者震いだ。気にするな』



 その言葉を聞いて、その覚悟を欠く様な事を言う訳にはいかないと考えると、モモネミは別の話を始めた。



 「フェデルはどこから逃げたの?そこから侵入出来たりしないかな」



 『中々聡いではないか。モモネミの思う通り、西の地獄の穴ブロスアイマを跨いだところに、今は使われていない坑道の跡地がある。そこから侵入する事が可能だ』



 フェデルはモモネミには言わなかったが、何度も復讐を試みてその坑道の様子を見に行っていたのだ。しかし、その度に恐怖が蘇り体が震え、足が進まなかった。だが、こうして守る者が出来た事によって、彼は己を奮い立たせることが出来た。それに、フェデルは大きな恩を感じていたのだった。



 「地獄の穴って、踏める物なの?」



 地獄の穴ブロスアイマは、別名肉のバケツとも呼ばれている。穴へ落ちた生物の肉が魔界から吹き上がる瘴気を受けて体を溶かし、液体となって穴の中に溜まっている。更に、瘴気には生物の思考を狂わせる力があり、常人が触れてしまえば、たちまち精神に異常をきたしてしまう。



 ペイルドレーン・ワークス周辺の地獄の穴は、他のそれよりも状況が酷い。なぜなら、被検体の屍を周辺の穴に廃棄する為、世界のどの地獄の穴よりもスープの量が多いからだ。



 『それを逆手に取るのだ』



 フェデルは、その肉のスープの上を走るというのだ。実験を重ねた肉体は溶解速度が遅く、加えて気化するまでの時間も長い。その肉の上ならば、瘴気に触れても多少は活動ができると言うのだ。無論、それはフェデルの様に強い体を持つことが前提である。



 「……僕の事、頼むよ」



 無意識に信頼を寄せると、心がシンクロして色のオーラがフェデルを包んだ。恐れるような、フェデルの気を削ぐそうな言葉は言わない。弱音は無しだ。



 『御意に。……モモネミは、我が守ってみせよう』



 そして、一日をかけて歩き通した末、ようやく街の西壁が見えてきた。



 「あれだね」



 地獄の穴は、街を囲むように存在していて、そこには肉のスープが張っていた。その淵を回って進むと、フェデルの言う通り穴が開いていた。



 「今日は休もう。明日の朝。突入するんだ」



 『承知した。……急がずとも良いのか?』



 今すぐにでも飛び出してしまいそうな勢いを殺して、モモネミは言う。



 「疲れたまま行っても、レヴを助けられない。それに……」



 『どうした?』



 「ううん。何でもない。休もう、フェデル」



 もう死んでいるから、そうは口にしなかった。しかし、あの魔女が意味もなく死体を攫うわけがないと、奇妙な信頼を寄せていたから、モモネミはここまで来たのだ。目的の為なら、仕方のない犠牲だ。



 ……気が付けば、モモネミは亡霊のやり方を踏襲するようになっていた。それは、彼の軍師としての才覚の片鱗だったのかもしれない。

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