第16話 旅路
ギルドホールを出て、フラックメルの北へ向かう。この道をまっすぐ行けば、亡霊にとって思い出深い古城の跡地がある。無論、跡地というからにはその城は既にない。かの戦いの後、主を失ったそれは取り壊されてしまったからだ。
丘を登った時、亡霊は道の傍らを見た。そこには小さな花が咲いていた。
「お〜い!待ってよ〜!」
彼が歩を進めようとすると、フラフラと舞いながら声を上げるモモネミの姿があった。
亡霊はそれを待つことをせず歩きだしたが、モモネミは断りもなく彼の腰のバッグに腰掛けると、息を切らせて寛いだ。
「酷いじゃないか〜。看守の人に怒られて大変だったんだぞ〜!」
小さな手でポカポカと亡霊を叩く。
「まったく、行くなら言ってよね。僕にだって準備があるのにさ。……まっ、僕は優しいから許してあげるよ」
そんな妖精に、亡霊は呆れたような顔をして訊く。
「……お前、着いてくる気か?」
「もちろんだよ。さっきギルドで登録してきたんだ。これで僕も、立派な冒険者さ!それにさ、パーティに入りたかったんだ!だから喜んでいいよ、近い未来妖精の王になるこの僕が一緒に旅をしてあげるんだがらね!」
「そうは言っても、お前はまだアイアンだろ」
「そうだよ。でも君がいれば大丈夫だよ!なんたって、君は裏の世界では有名な
どこで聞いたのか、妖精は彼の名前を知っていた。
「その名前で呼ぶのやめてくれ」
亡霊は自分の通り名をあまり好きではないようだ。
「そうなの?じゃあレヴって呼ぶよ」
「話聞いてたか?」
「聞いてたさ。とにかく、僕も一緒に行く!それに、君と冒険すれば泊が付くってもんさ!」
そう言って胸を張るモモネミを見て、亡霊はため息をつくも妖精を追い出すような真似はしなかった。
それは、彼にとって初めてのパーティメンバーだったからだ。
「ところでさ、どこに向かってるの?」
「ペイルドレーン・ワークスだ」
「ペ、ペ、ペイルドレーン・ワークス!?北の最果ての!?正気なの!?」
ペイルドレーン・ワークスとは、とある世間を追放された人道を外れた魔法使いが最後に行き着く小さな国。しかし、軍事力はネウロピアにも匹敵していると言われている。その際たる理由は、尋常ならざる魔法の発達に由来している。
「ねえ、やめようよ。僕、初めての依頼なんだよ?薬草採取とかにしない?」
先程までの威勢は何処へやら。モモネミはバッグの中へ潜り込んで震えてしまった。
冒険者ギルドの存在は隣国にも伝わっているようだ。モモネミは、妖精の国ハーメルンでその情報を耳にして、はるばるフラックメルまでやってきたのだという。
「それならやめとけ。まだ戻れるぞ」
気が付けば城の跡地を越えて道半ば。ここから飛んで帰るのは骨が折れるだろうが、この仕事に比べれば余程楽だ。
沈黙か訪れた。亡霊の足音だけが聞こえる。
「……王様に」
ふと、モモネミが呟く。
「うん?」
「ぼ、ぼ、僕は王様になるんだ。だからビビってなんかないよ!当然行くよ!」
そう言うと、モモネミは胸の前でグッと握りこぶしを作った。
今回の仕事の目的は人質の回収だ。とある貴族の息子が魔女に拐われたのだ。現在、目標は国境付近の山の麓で立ち止まっている為、そこへ強襲をかけて奪還、無事に送り届けるまでが今回の仕事内容である。
「ネウロピアの兵士は動かないの?」
「先に派遣された兵士は全滅した。それで、ギルドに仕事が舞い込んで来たんだ。兵士はほとんど魔物との戦争に出てるからな」
無論、軍は勇者パーティが率いている。もっとも、彼がいれば戦術や戦略など考える意味もないのだが。
「中心街に行かれる前にケリつけないとな」
そう言うと、心なしか亡霊の歩くスピードが上がった。
「ねえレヴ、どうしてその人たちは山の麓で止まってるのかな」
モモネミは、いつの間にか亡霊の肩に乗っていた。
「ペイルドレーン・ワークスのある山の周りは
「信じられない。なんでよりによってそんな時に」
「あの国の中心街に行くよりは、よっぽどマシだと思うぞ」
言うと、モモネミは何かを考えてから体を震わせて再びバッグの中へ潜り込んだ。
道中の食事は、野生の動物の肉だ。ボウガンで仕留め、捌いて虫を取り除いてから生のまま食する。調理すると失われるビタミンも、生食であれば損なわれない。そのことを、亡霊は知っていた。
「うぇ〜。内臓も食べるの?」
「当然だ。労働力は食事から生まれる」
価値は労働から生まれ、その力は食事から生まれる。彼自身、そんな事を考えるようになったのは戦いの経験からだった。
……途中の村で店で馬を借りて、更に速度をあげて進むことニ日、二人はその日の夜にようやく魔女の野営地を発見した。
「あ、あれが魔女の野営地……」
煙のない、白の魔法の火が灯されている。そして、監視用に組まれたやぐらの下には、異形の動物が縄で繋がれていた。あれはきっと、ペイルドレーン・ワークスの交配実験で生まれた生き物なのだろう。見た目は牛のようだが、紫の毛並みに発達した角が三本生えていて、顔面には目が無数に付いている。一か所に纏められていて、その数は四頭。
「お、おっかないよう」
「……まずは偵察だ。向こうの崖を登ろう」
そう言って、彼らは馬を草の生えた場所へ繋いで野営地から少し離れた高台へと登ると、そこに置かれていた岩の影から望遠鏡で魔女の動向を探った。
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