第22話 モモネミの冒険

 ……。



 「ふぅ、ふぅ」



 息を切らしながら、妖精のモモネミが山道を飛んでいく。無理もない、妖精は自分の体程の武器を背負っているのだから。いくらメスが軽いと言え、モモネミにとっては酷く体力を消耗する旅となった。



 空高く飛んでは敵に見つかってしまう恐れがある。だから彼は低く空を飛んで目立たないように行動していた。相手は北の最果て、ペイルドレーン・ワークスの魔女だ。見つかっては、命の保証はない。用心するに越したことはないのだ。



 進み続けて、いつの間にか夜になった。妖精の目は、暗闇の中でも猫の様に見通すことが出来る。と言うのも、妖精はその小さな体に対して有している魔力の量が他の種族と比べて数段高い。その為、物体の形ではなく物質それぞれが放つ波動をキャッチして知覚しているのだ。



 しかし、だからと言って凶悪な魔法が使えるのかと言えばそうではない。妖精たちは生物と心を通わせたり、相手を眠らせたりする特殊な魔法に長けている反面、分かりやすく相手を傷つける魔法を覚えることが出来ないのだ。



 もっとも、獣用のトラップに掛かってしまうモモネミは、所謂落ちこぼれであると言わざるを得ないだろう。妖精であるにも関わらず、その危機察知能力や魔法の力は弱い。故に、操れる魔法は皆無に等しい。



 モモネミは、疲れ果てて木のに身を隠した。はやる気持ちを抑えてそうしたのは、仲間の亡霊レヴナントの言葉を思い出したからだ。



 「ゆっくり眠って、朝になったら動こう」



 寂しい気持ちを紛らわせるように、一人事を言って眠りについた。



 ……。



―――――


 ――落ちこぼれのモモネミ。お前が王様になれるもんか。



 ――服なんか着て、人間の真似なんてするんじゃないよ。



 ――才能がないよ。妖精なのに魔法が使えないだなんてさ。



 ……友達が、欲しいな。



 いつも、一人だった。気づいた時には既に親が居なくて、だから僕は孤児院で育ったんだ。けど、魔法の才能のない僕は虐められていて、でもそこから抜け出せる力もなくて。だから毎日冷たい水を飲んで、ただ時間が過ぎるのを待っていた。



 辛いんだ。一人で居るのって。みんなには当たり前のようにいる家族や友達が僕にはいないっていう現実を突きつけられてさ。当たり前のことが出来ないっていう劣等感は、何にも耐えがたいよ。



 だから、僕は僕を虐める奴よりも、何もできない自分自身が本当に嫌で仕方なかった。



 そんな毎日を過ごしていたある時、妖精の街ハーメルンでこんな噂が流れたんだ。



 「最近、一人でヒルクに立ち入った人間がいたんだって」



 「それ、勇者様じゃないの?」



 「違うらしい。話によると、目と腕が片方しかなくて、それですんごく体が大きい冒険者なんだって」



 「恐いなあ。でもさ、きっと死んじゃうんじゃないかな」



 「僕もそう思うよ。入ってから既に一週間以上経ってるんだって。無謀過ぎて笑っちゃうよね」



 「そうだね。……けど、もし生きてたら?」



 「……わかんない」



 たまたま耳に入ったその話を聞いて、僕はその人間に興味を持った。冒険者と言えばパーティを組んで、みんなで仲良く依頼をこなすものだと聞いていたから。一人ぼっちで、ましてや向かった場所はヒルクだなんて。あんな悪魔だらけの村に立ち入るなんて、正気じゃない。



 「……一人で」



 僕は、一人で、という部分に妙な親近感を覚えた。ひょっとして、その人なら僕の事を仲間だって言ってくれるんじゃないかって。寂しさを共有できるんじゃないかって。……根拠なんてないけどね。



 だから旅に出ようって決めたんだ。僕は、ハーメルンから抜け出す勇気をその人に貰ったんだよ。



 でも。



 「うわああぁぁああ!!助けて!誰か助けてよぉ!!」



 街を抜け出して、僕は何も食べられずに森の中を彷徨っていた。他の妖精なら木になっている実や根になっている芋を見つけられたんだと思う。けれど、落ちこぼれの僕にはそこに置いてあった怪しい果物しか見つけられなかったんだ。



 でも、僕の叫び声に呼ばれてやってきたのは、恐ろしい野生の動物だけ。あいつらは僕を見つけると、唸り声をあげて飛び掛かった。



 「嫌だよ!誰かぁああぁぁああ!!」



 その時だった。レヴが僕を助けてくれたのは。見た瞬間にわかったよ。だって、目と腕がないんだもの。そりゃ気づくさ。



 彼はあっという間に獣を追い払うと、トラばさみを解除して僕の足のケガに包帯を巻いてくれた。



 「気を付けろよ」



 レヴは、初めて会った時から血塗れで、ボロボロで、今にも死んでしまいそうなくらいにギリギリの様子だった。それなのに、僕の声を聞いてくれて、助けてくれて。



 フラックメルまでの道中、何度かゴブリンや亜人や追いはぎに出会った。でも、レヴはそのボロボロの体で僕を守ってくれた。きっと、一人で歩いていたら、あっという間に死んでしまっていたと思う。



 「あまり近寄らない方がいい」



 そう言って街の中に消えていったけど、僕はなんだかレヴの事が凄く気になって、だからずっと上から見てたんだ。おじいさんにお金を渡しに行って、女の子がぶつかってきて、それで勇者様にボコボコにされて。なのに誰にも言い訳をしないで、ただ孤独に戦い続けていた。



 ……でも、そんなレヴが黒髪の魔女と戦う時、鞄の中で震える僕に言ったんだ。



 「頼りにしてる」



 ねえ、レヴ。僕がその言葉にどれだけ救われたかわかるかい?ずっと孤独で、才能もなくて、そんな僕を初めて頼ってくれたのが、僕に勇気をくれた冒険者だったんだ。



 だからさ、待っててよ。僕は必ず、君を助けに行くから。



―――――



 夢から覚めると、モモネミは木のの樹液を飲んだ。彼ら妖精にとって、それは貴重な栄養源だ。しかし。



 (お肉が食べたいな)



 亡霊との旅によって、モモネミの好みは妖精の好みとはかけ離れてしまった。あの血の濃さが、あの肉の柔らかさが、あの内臓の爽やかな苦みが、モモネミは恋しい。



 食事を終え、そんなことを考えながら飛んでいると、ふと風に混じった臭いを嗅ぎ取った。



 「……ん?血の臭いだ」



 気のせいではない。確かに血の臭いがする。モモネミは過去に学んで恐る恐るその臭いの場所を探る。すると。



 「あ、あれは」



 そこには、切り裂かれた魔獣の肉を喰らう、一頭のクマがいた。

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