第21話 戦いの後

× × ×


 野を駆けるのは一人の少年を乗せた馬。緑のオーラを纏い、風よりも疾風はやく駆け抜ける。その手綱を握るのは妖精の王を夢見るモモネミ。ただ振り返らず、落ちる涙を拭う事もせずに握る手に力を込め続けた。



 「……妖精さん」



 「喋らないでっ!」



 モモネミの気迫に、少年は気圧されてしまう。



 「喋ると、押し潰されそうなんだ」



 そして駆ける事数刻。ようやく一番近い村までたどり着くと、近くの家屋の前に馬を止めてその中へ飛び込んだ。



 「誰かっ!誰かいないの!?」



 その声に呼ばれて、若い男が現れた。彼はモモネミの必死の表情を見ると、何も訊かずにに少年を介抱してその村の病院へ連れて行った。



 「大丈夫。少し毒が回っているが、人を殺すような代物じゃない。安静にしていれば、すぐに良くなる」



 医者の男の言葉を聞くと、モモネミは張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのか、その場に落ちて眠ってしまった。



 ……。



 「はっ!」



 妖精が目を覚ますと、そこは木で編んだ籠にクッションを詰めた簡易ベッドの上であった。日は高く、あれから数時間程の時間が経ってしまっている事をモモネミは知った。



 「驚いたよ。急に落ちてしまうんだもの。一体何があったんだ?」



 「……ごめん、説明している暇はないんだ。何か、武器になる物を貸してよ」



 「どういうことだい?」



 「仲間が危ないんだ!お願い、力を貸して!」



 尋常でない様子だと悟ると、医者は観念して彼に一本のメスを手渡した。モモネミの手には余る大きさだったが、小さなピンを借りてそれを背中に背負った。



 「必ず返しに来るよ。あの子の事、お願い」



 そう言い残して病院を出る。馬の元へ向かうと、足に相当な負担をかけてしまったせいか、見るからに走れるような姿ではなかった。



 「ごめん。でも君のおかげで助かったよ」



 そう言って、彼は元来た道を引き返していった。



 長い間飛び続けて夕刻、ようやく凄惨たる戦いの痕跡が残る場所に辿り着いた。



 「レヴ!どこだい!?いるんだろ!?」



 戦いの際に見せた勇敢な姿は消え、焦燥感と不安を抱えて泣きそうな表情で叫び続ける。



 「レぇヴ!お願いだよ!出てきてくれよ!」



 高く舞い上がり、そこから見下ろしても人影はない。しかし奇妙なのは、無残に広がる死体の山の中に、彼のモノが見つからないことだ。モモネミはその一縷の希望にかけて、周辺を探し続けた。しかし、彼の姿はどこにも見つからない。とうとう力尽きで地面へ降り立つと、膝をついて涙を流した。



 「お願いだよ……。レヴ、どこに行っちゃったの……」



 そんな時、放置されたままのテントから、物音が聞こえた。



 「レヴ!?」



 焦っていたせいか、妖精はそこを調べていなかった。しかし、彼の表情は出てきた男の姿を見て再び暗くなってしまう。それは、男娼としてあてがわれていたあの兵士の一人だったからだ。



 「……すまない」



 魔法と薬の効果が切れているようだ。彼はベッドのシーツを下半身に巻いた姿で現れ、モモネミの前に跪いた。その様子を見て、妖精は彼が何を言いたいのかを理解した。



 「……君のせいじゃないよ」



 モモネミは、声を出さずに涙を流した。



 「妖精殿、あなたはあの男の仲間なのか?」



 「知っているの!?」



 モモネミは顔を上げると、男の眼前に飛んで訊く。



 「レヴはどこへ行ったの!?知っているなら教えてよ!」



 必死に縋りつく姿を見て、男は知っている事を白状した。



 「意識が朦朧としていてあまり詳細は覚えていないんだ。ただ、あの片腕の男は魔女と相打ちとなった後、死んだよ」



 「う、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!」



 横に首を振って、必死に否定する。



 「だって、死体がないじゃないか!」



 「そう。なぜなら、相打ちの後魔女は生き返ったからだ。そして、彼の死体を持ち去ったんだ」



 「どうして……?」



 「わからない。ただ、魔女はしきりにこう言っていた。面白い、と」



 「ま、まさか」



 そして思い出す。ペイルドレーン・ワークスがどんな国であるのかを。



 「……助けなきゃ。レヴを助けに行かなきゃ!」



 男は怯えたように言う。



 「無理だ。あなたはあそこがどんな場所か知っているのか?」



 「知ってるから助けに行かなきゃダメだって言ってるんだろ!?ねえ君、力を貸してよ!」



 男は下を向いて、目線を逸らした。



 「どうして?僕も君も、あの少年だってレヴがいたから助かったのに、命の恩人を見捨てるっていうの?」



 「……すまない」



 言われて、モモネミは目を閉じる。そして、彼と過ごしたこの数日の出来事を思い出した。……やはり、妖精の決意は変わらない。



 「僕は、王様になるんだ。仲間を見捨てられない」



 「正気なのか?ペイルドレーン・ワークスは」



 言葉を遮る様にいう。



 「わかってる。でも、もしも僕が正気だとしても、レヴを見捨てた未来を正気で生きていられない。今のレヴには、僕が必要なんだ」



 言うと、妖精はふわりと飛びあがり、周辺に転がっている残骸の中から使えそうな物を探す。そしてテントから見つかった用途不明の極小の針三本を腰に差し。



 「レヴの矢だ」



 その矢の羽を毟って頭に結び付け、再び男の元へ戻った。



 「この先の小さな村に、さっきの少年を預けた病院がある。君は彼を連れてフラックメルに行くんだ。いいね」



 言って、妖精は振り返った。



 「妖精のあなたが一人で行って、どうにかなる状況じゃないんだ!それに彼は確実に死んだんだぞ!なのにどうして!?」



 飛び上がったモモネミは、一瞬だけその場に止まる。



 「僕がやりたいって、そう思ったから」



 そう言って、モモネミは魔女の後を追った。その姿を見送った男は、己の無力を嘆き、しかし妖精の後を追う事はせず、少年が匿われている村まで歩いて向かった。



 「待ってて、レヴ」



 その目に涙は、もうなかった。

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