第8話 階段の戦い
……なるほど、落ち着いてみてみるとこいつは城というよりも要塞だ。窓はほとんどなく。明かりは不自然に灯った燃料不明の炎のみ。あれがもし魔法の一種なのだとすれば、ここには魔法使いがるという事になる。今のところ魔法らしい魔法を見ていないから、この世界ではあまり一般化されていない技術なのが分かる。それだけに、脅威の念は強まるばかりだ。
しばらく歩いて、とうとう決戦の場までやってきた。階段だ。
ここには、等間隔で灯る蝋燭以外に明かりはない。穴を石で補強した壁とその冷たい光が、異常なまでに不気味な雰囲気を演出する。ひょっとすると、死んだ者の魂なんかが漂っているのかもしれない。よかったら、あんたらも力貸してくれ。
「降りろ。三人ずつだ」
三人につく看守は二人。それもしっかりと道幅を開けて、上下を阻むようにしている。しかし、その陣形も彼らのやる気のない仕事ぶりでは使い物にならないだろう。せっかく上が指示しているのに、さすがはならず者と言ったところだ。
「おら、次はてめえだよ」
言われて、俺は三人の一番後ろを歩く。タイラーや、クラリスとリーシェは既に下へ降りている。
階段の中腹。黙って歩いていると、後ろの看守が暇つぶしに俺の頭を軽く蹴っ飛ばした。その勢いで俺は倒れ、階段を数段転がり落ちてしまう。その時、腕の傷に階段が食い込み。
「うぎゃああああぁぁぁあああ!!」
あまりの痛みに、俺は叫び声をあげてしまった。
「わざとらしいんだよ。おら、立てゴミ。また虐めちまうぞぉ?」
言われて、俺は立ち上がる。その瞬間。
「ぐっ……っ!」
俺は靴の中にしまってたボウガンの矢じりを掴むと、それを立ち上がった勢いのままに男の兜の隙間からこめかみに思いきり突き刺した。
前の看守が振り返る前に蝋燭の火を握り消し、(どうやらこいつは魔法じゃないみたいだ)その暗闇の中で何度も壁に顔面を打ちつけた。
「おい、どうした。遊びすぎて殺すんじゃねえぞ」
先程の叫び声と相まって、奴は後ろの男が俺を苦しめているのだと思っているのだろう。
「……あぁ。今起こす」
「早くしろよ。まだ何人も……ん?」
声の違和感に気が付いたようだが、もうすでに遅い。俺は前の二人を押しのけて、看守の腰から抜き取ったハンドアクスを縦に思いきり振り下ろし、兜ごとその男の頭に叩きつけた。そして、ふら付いた男を掴むと、今度は刃の零れた斧を捨てて奴の背中の剣を引き抜き、体を階段の下に叩きつける。そして。
「……悪いな」
階段から飛び降りて、顔面にその長い刀身を突き刺した。
「タイラァァァァァ!!」
俺は下へ向けて声を飛ばす。すると、それを聞きつけた上の山賊が降りてきているのだろう。暗くてその姿は見えないが、代わりにいくつもの足音が聞こえてきた。俺は倒れた男の腰からカギの束を奪うと、その中の一つで手錠を解く。
「おい!俺たちのも取ってくれよ!」
押しのけた男の一人がそういう。しかし。
「上の死体から抜いて自分でやってくれ。俺は英雄じゃない」
そういって、俺は下へ向かった。
牢にたどり着く。そこには、自分を繋ぐ鎖を使って必死に看守の首を絞めているタイラーの姿があった。周りには事切れた数人の捕虜と、血まみれの剣に死んでいる看守が三人。
まだ生きているもう一人の看守に、クラリスが掴みかかって首に噛みついている。しかし、それはあっさりと引きはがされ、彼女は壁に打ち付けられてしまった。
「死んどけぇ!クソ女ァ!!」
男が素手のまま殴り掛かる。一発横殴りにされて、クラリスは再び吹っ飛んだ。
「死ぬのはテメェだ!!」
剣を横薙ぎにして振ると、無防備な看守の脇腹に深くめり込んだ。しかし、高低差を使った先程のような勢いがなく、右手一本ではその屈強な体に押し負けてしまった。だがかなりの傷を負ったようで、よろめいて膝をつくと、大きくせき込む。
「……久しぶりだな」
その顔には見覚えがある。俺たちを食人族の元へ連れて行った男の一人だ。
「お前……。そうか、そういう事かよ。手錠のカギ……っ、取りにきたってんだろ。バカな……、野郎だ」
言うと、男は気のふれたように笑い出した。
「へっはっはっはっ……。あぁ、手錠の為に戻ってきて、女の一人ぶっ殺されてりゃワケねえよな」
「……リーシェ」
言って振り返る。あの血の海の中に、確かにリーシェの姿があった。
「残念だったな、おま……っグぇ」
言い終わる前に喉に剣を突き刺す。そしてリーシエの元に駆け寄ると、俺は彼女を両手で支えて顔を見た。
「リ……、リーシェ」
言うと、彼女は目を開いて、俺を見た。
……。
口を開いて、何かの言葉を言おうとしているのが分かる。しかしそれもむなしく、彼女の口からは吐息が漏れるだけであった。
「体、痛いか?」
横に首を振る。しかし、肩から胸にかけて袈裟斬りにされたその傷は、見るに堪えない。
俺は、彼女の体を抱きしめた。
「お前がいなきゃ、ここまでこれなかった。ありがとうな」
彼女は、震えながらも俺の腰に手を当て、そこに文字を書くとニコリと笑う。
「……俺、行かねえと。生きなきゃならねえんだ」
頷き、彼女は眼を閉じる。そして、右手がダラリと垂れ下がると、それ以降動くことは、もうなかった。俺は彼女の亡骸から文字を書いた指を切り取り、そっと下ろして立ち上がる。
……一緒に戦ってくれ。
指をしまって落ちていた血まみれの剣を掴み、それを地面に引きずりながらクラリスの元へ向かう。彼女は壁に寄って倒れ込み、うなだれていた。
「行こう」
言って、彼女の手錠を外し、その体を支えると反対側へと向かった。
「おい!あんた!どこへ行くんだ!」
俺たちの姿を見たタイラーが必死の形相で叫ぶ。
しかし、次の瞬間にはなだれ込んできた山賊たちの声に彼の思いはかき消され、俺の耳に届くことはなかった。
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