第9話 秘密の通路
クラリスの意識は薄い。空腹と先程の衝撃で、既に限界が来ている。
「……リーシェがね、一番に戦ったんだよ」
うわ言のように始めた。
「ランスの声を聞いて、でも誰も動かなかったの。だから……、リーシェが最初に」
「そうか」
「……タイラーさんたち、やっぱり置いていくんだね」
「最初からそういう作戦だ。リーシェがいない今、俺とクラリスが生きてここを出る事だけが目的だ」
「……そっか。そうだよね」
捕虜を煽り、分断された戦力にぶつける。たったそれだけの作戦。最初にそれを聞いたクラリスはなんとか全員で助かる方法を考えようと言ったが、俺にはそんな方法、思いつかない。
絶望した人間を操るのはたやすい。これからの未来を暗示し、そして助かる可能性のある道を示せば不思議と従うものだ。もっとも、これは俺の記憶にある騙された経験を元に実行したまでだ。愚者は経験に学ぶとはよく言ったものだ。
――誰か、俺たちを助けてくれる奴がいたのか?……自分だ、自分で助かるしかないんだよ。
――……でも、ランスは私たちを助けてくれた。
――繋がれていなければ、俺は一人で逃げていた。気にするな。
あの時の二人の顔がフラッシュバックする。それを振り払って、更に前へ進む。
「こっちから、出られるのかな」
「出られるはずだ。上から見た時、小さな離れの前に馬車が停まっていただろ。あれは、この牢から秘密裏に捕虜を運び出すための入り口なんだと思う。そうでもなければ、馬小屋の他に繋ぎ場を作っておく必要がないからな」
元々、要人を運ぶための通路だったのだろうと思う。だが、もしそうでなければ俺たちは終わりだ。
訊くと、彼女は黙った。そして。
「リーシェ……っ」
彼女の事を思い出したのだろう。クラリスは、静かに泣いた。
……階段に行き当たった。後ろから追手はこない。どうやら、タイラーたちの時間稼ぎは思った以上に役立っているようだ。
階段を上る。クラリスにはもう片足で立つ力も残っていないらしい。壁を使い、何とか二人で上へ向かう。登りきると、そこにはトタンの扉が一つ。先程看守から奪った鍵束の中のカギをいくつか試すと、五つ目で扉が開いた。
「……これは」
そこには、本棚と椅子が置かれた小さな部屋があるだけであった。明かりは火の灯ったペンダントライト
で、虫が群がっている。
「行き止まり?」
クラリスが言う。その顔には、絶望感が漂っていた。
「……いや、違う」
しかし、俺は確かにこの部屋に人の出入りがあることを直感した。……戦っている最中もそうだが、人を殺してから妙に感覚が冴えている。これは、一体なんなんだ。
「少し座っていてくれ」
俺は椅子にクラリスを預けると、部屋の中を見て回った。
おかしいのは、この部屋の壁がトタンで覆われていることだ。壁を叩くと、その向こうは石なのだと分かる。ここは、まだ地上ではない。
ただの部屋であれば石をむき出しにしておくはずだし、それにここには、虫が入る隙間か開いているということ。……珍しく、昔の記憶が役に立ちそうだ。
俺は本棚の前で立ち止まった。……本の数が多い。暇を潰すために持ち込んだ物を溜めているのだろうか。
本棚を横に押すと、全く動かない。ボルトや杭で固定されているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。これは、壁と直結している。
二歩下がって、俯瞰で本棚を見る。すると、一冊だけ逆さに収められている本を見つけた。同じ色の背表紙をした本の中で、それだけが文字の位置がズレていたのだ。
俺はそれを手に取ろうと掴むが、本は動かない。だから隣の二冊を本棚からどかし、今度は横にスライドさせてみる。すると、右方向に本が動いて手前に倒れた。棚全体をみれば、その形はまさにドアのようだ。
その本を右に捻ると、ガチャ、という音に続いて本棚が手前に動いた。
「カギじゃないって、どうしてわかったの?」
「緊急脱出用の通路にカギをかけたら、緊急の時に開かないかもしれないだろ」
その考察が正しいかどうかはどうでもいいが、少なくとも俺の知る城とはそういうものだ。
「立てるか?」
クラリスに手を差し伸べる。
「頑張る」
そういって彼女は椅子を使って立ち上がる。片足で動き出したのを見て、俺は再び彼女の体を支えた。
……なぜ?鎖のない今、こうする必要はないはずだ。
上は板か何かで蓋をされているようだ。行き止まりに見えるが、その隙間から微かに風が吹き抜ける。頬をなぞるその風は、ようやく脱出できるのだという実感を俺に与えてくれた。
登り詰めて、板を押す。すると、ほこりを立ててゆっくりと持ち上がり、どこかの部屋にでた。上から見えた離れだ。
椅子と、農耕用のくわやバケツ。そして馬車を整備するための工具だろうか。見慣れない形の道具が置かれている。
「ちょっと見てくる」
「……帰ってこないなら、お別れを言いたい」
そういって俯く彼女に、俺は何も言わず外へ出た。
本丸の方では、上にいた捕虜たちまでもが戦っているようだ。数少ない窓から、鉄を打ちつけあって散る火花が見える。正直、ここまでうまくいくとは思っていなかった。
そう思った瞬間。
「ぐっ……がっ!!」
どこかから放たれた矢が、俺の右目に突き刺さる。しかし、運よく眼球で止まったようだ。俺はそれを強引に引き抜くと、顔の右半分を手で押さえ、矢の飛んできた方角を見た。
「お前だな。この騒ぎの首謀者は」
そういって、そいつは持ってたボウガンを捨てると、胸元からスキットルのような入れ物を取り出して、中の液体を煽った。
「……バーンドゥ」
その名前を呼ぶと、奴は不気味な笑みを浮かべてから俺を見据えた。
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