第10話 もう一つの存在

 「ほう。お前、俺様をバーンドゥ様だと知っていてこの騒ぎを起こしたってのか。救えねえガキだな」



 「誰が。テメエなんて知らねえよ」



 名前が聞こえただけ。そんな言い訳をするような余裕はない。



 「誰に口をきいてやがる、クソガキ」



 いうと、奴は俺の体に火を放った。



 「ぎっ……アヅァ!!」



 顔面が燃え上がる。これは魔法だ。ここにいる魔法使いってテメエかよ。そんなガタイして魔法まで使えるって、どう考えても理不尽だろうが。



 「止血だ。礼はいらねえよ」



 そういうと、火は消えた。確かに、もう目から血は出ていない。だが、その代わりに髪の毛は焼け、顔の右半分の皮膚がただれてしまっている。



 「やり……すぎだろうが……」



 未だに熱を持つその顔を、しかし触ると強烈な痛みが襲うためかばう事もできない。悶え苦しむ俺を見て、バーンドゥは愉悦の表情を浮かべる。



 「まあいい。そこの通路を知っていたことだけは誉めてやろう。よくやったな。〇〇〇〇だ」



 何か皮肉めいたことを言ったのだろうか。



 「……へっ」



 そういって、俺は唾を吐き捨てる。その態度をどう見たのかは知らないが、バーンドゥは再び口元を歪にゆがめた。



 「あの村民には、そんな度胸はねえ。それにお前、あの村の人間じゃねえだろ。紋章のペンダントをしてねえじゃねえか」



 宗教の証か何かだろうか。言われて、俺はタイラーやあのばあさんが握っていたモノを思い出した。



 「……なるほど。全部お見通しってワケか」



 奴は、フンと鼻を鳴らした。



 剣は上等、魔法も使える。万事休すだ。今度こそ本当に終わりかもしれねえ。こいつには、絶対に勝てねえ。



 だが、勝てなくてもやれることはある。勝って生き延びるだなんてぬるいことは言わねえ。俺は、絶対に生き延びるんだ。その為ならなんだってやるって、何度もそう言い聞かせてきたじゃねえか。



 ……リーシェ、力を貸してくれ。



 指を触って、俺は地面を蹴り上げて砂を奴の目に飛ばした。もちろん、バーンドゥはそんなモノに怯みはしない。次に左腕を体の勢いに任せて奴の体に振る。当然、骨のないそれは鞭のようにしなって、思いがけない角度から横っ面を張る。はずだった。



 「甘いってんだよ。このガキ」



 バーンドゥは難なく腕を掴み、俺の動きを止める。



 「まだだッ!!」

 


 俺は更に体を捻る。すると、残っていた筋肉と皮がブヂブヂィ!!と音を立てて千切れる。しかし痛みを感じている暇などない。俺はそのまま体を一回転させると、今度は足に向かって右手の剣を思い切り振り下げた。



 「くらえッ!」



 しかし。



 「……惜しいな。だが、届かない」



 剣はその足に踏みつけられ、地面に囚われてしまう。そして、俺は俺の千切れた腕で思い切りぶん殴られ、吹っ飛んだ。



 「うぐっ……」



 最後の切り札だった腕がなくなり、本当に武器がなくなってしまった。そして勝利を確信したのか、バーンドゥは豪快に笑うと、首を回して間接を鳴らし、再び歩き始めた。



 もう終わりか?本当にやれる事はやったのか?そう思った時、俺は自分が呼吸をしている事に気が付く。



 ……まだだ。まだ、口が動くじゃねえか。探せ。まだやれる事を。



 「面白いな。……訊きたいことがある。お前、都の関係者か?」



 都とは、この国の王都の事を言っているのだろうか。



 「……ちげえよ。そんなところ、行ったこともねえ」



 「なに?フラックメルに行ったことがないだと?死にかけの分際でくだらねえ嘘をつくんじゃねえよ」



 奴は、剣の届く場所で止まった。完全に舐め切ってやがる。



 きつく縛っているおかげで、腕から血はほとんど出ていない。いけるはずだ。



 「そうやって誰も信じねえから、ここにも一人で来たってところかよ」



 「……人なぞ、平気で裏切る」



 あれは酒なのだろう。彼は再び入れ物に口をつけ、プハッと声をあげた。



 「なんだよ、ニヒルにでも浸ってんのかよ」



 「ニヒル?なんだその言葉は。……そういえばお前、妙に言葉が下手くそだな」



 そういうと、俺には目もくれず、あごに手をやって考え事を始めた。しかし、そんな態度の中にもやはり隙はない。こいつ、相当な手練れだ。



 そんなことを思ったとき、ふとバーンドゥの目に強い殺気が宿る。皺の深い形相に、俺は一瞬たじろんでしまった。



 「ひょっとして、お前もとやらの仲間か?」



 「転生者……」



 その言葉に、俺は驚きを隠せない。しかし、考えてみれば俺の他にこの世界に送り込まれた奴がいても何もおかしくはない。



 「知らねえ。そいつが何かしたってのかよ」



 「嘘をつくんじゃねえ!!」



 怒号。そしてバーンドゥは俺の胸倉をつかむと、その巨大な腕で俺を持ち上げて顔面を近づけた。足が付かず、首が締まっている。



 「……っ。し、知らねえよ!確かに俺はその転生者なんだろうが、仲間がいるだなんてマジで知らねえんだ!なにがあったってんだよ!」



 剣を落として、奴の腕をつかむ。しかしその手が解かれることはなく、首は更に締まっていく。



 「奴はな、俺の全てを奪いやがったんだよ」



 「全て……?うっ」



 呟くと、バーンドゥは俺を地面に投げ捨てた。



 「あぁ、そうだ。あの野郎、必ずぶち殺してやる……!」



 液体を飲み干す。そして入れ物をしまってから、奴は倒れこむ俺の顔を覗き込んで笑った。



 「まあ、その無様ななりぃ見りゃお前があいつの仲間じゃねえってことはわかるか」



 へっ、と見下すような。いや、自嘲じみた笑みをこぼす。



 ……見えた。ここしかねえ。



 「ど、どういうことだ」



 「奴はな、この俺を国の大臣の座から引きずり下ろした張本人なんだよ」



 バーンドゥは、王都フラックメルを追放された、嘗て内務を司っていた大臣だったと語る。過去には王都を防衛する王国騎士団の団長も務めていたようだ。



 「最初からってわけじゃねえんだ。ただ力持っちまうと、抑えきれなくてよぉ。金は使い放題。女ァ抱き放題。兵は俺の思うように動いてくれたからよ。楽しかったぜぇ。……だが、奴が現れた」



 「転生者か」



 隙を伺いつつ、俺はバーンドゥの話を聞く。再び胸から酒を取り出し、奴はそれをかっ喰らった。気づけばすっかり話に夢中になっている。



 「人が気持ちよくふんぞり返ってるとこに現れて、ワケのわからねえ力でブチのめされちまった。そうすっと、今までついてきてた連中はみんなあいつの方に行っちまった。けっ」



 「当然だろ、その転生者はお前から国を救ったんだ」



 「へっ、だからどうだってんだ。トップの首がすげ替わっただけで、国のバカどもの生活なんざ何も変わっちゃいねえよ」



 バーンドゥは笑う。



 「奴ァ自分の周りを女で固めて、好き勝手に魔法をブッぱなしちゃあ『素敵!』だの『さすが!』だの讃えられて。そんで国王お墨付きの証をもらって飯には困らず、挙句には戦争にまで口突っ込んで兵を偉そうに動かしやがる」



 「……そうか」



 「あいつのよぉ……っ」



 入れ物はぐにゃりと曲がり、変形している。



 「あいつのどこが!俺様とちげえってんだよぉ!同じじゃねえか!!俺様とやってることなんて、何一つ変わらねえじゃねえか!!魔力が!金が!女が!力が!全部手に入れて気に食わねえ俺様を追放して!!それであいつのどこが英雄だってんだ!!教えてくれよ!クソガキぃ!!」



 いうと、バーンドゥは俺の右肩を強く掴んで懇願するようにそう吠えた。



 俺の今のボロボロの姿を見て、気が緩んだのだろうか。この傷を見て、自分と同じ境遇にあると思って許してしまったのだろうか。



 ……だから、テメェはダメだってんだよ。

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