第7話 馬車での交渉

 ……門に近づいているのが分かる。間もなく停車すると、外から二つの男の声が聞こえてきた。



 「揉めていたようですね。どうされましたか?」



 「襲撃だ。どこのどいつだか知らねえがこの俺様に盾突く馬鹿が潜んでやがる。今そいつを探させてるところだ」



 「それはなんとも、愚かな者ですね」



 「そういう事だ。……だが、ちょっかいをかけただけで姿を見せやがらねえ。妙だとは思わねえか?」



 「そうでしょうか。バーンドゥ様に恐れを成して逃げ出したのだと思いますが」



 「ふうむ。まあ警戒するに越したことはねえ。厳重にしておけ。積み荷もきっちりチェックしておけよ」



 「承知いたしました!」



 様子から察するに、あのバーンドゥと呼ばれた男はかなり高い地位を持っているようだ。ひょっとすると、ここの長なのかもしれない。



 ……そうか、テメェが。



 ブッとい腕と胸板に顎には髭を蓄えた野性味のある風貌で、奴だけが軽銅の鎧を身にまとっていた。しかし、暴力的な言動と見た目のわりに、その性格は慎重だ。山賊とは言え組織を纏めるだけあり、頭はキレるのかもしれない。



 鞄を捨ててきてよかった。持ちこんでいたら、恐らく一瞬で看破されていたことだろう。

 


 ……いや、違う。俺が乗り込んだ時、この男のは何と言っていた?



 そうだ。俺たちの体からは、血の匂いが。



 「次!貴様らだ!」



 思考の瞬間、馬車にかかっているテントのカーテンが勢いよく開けられた。昨日見ていた時とは違い、中をくまなく調べる様子だ。



 芝居を打たねば。そう思いたち、俺は左腕のベルトを解いて傷を顕にした。



 「……い、いてぇ、助けて、ください」



 山賊の男と目を合わせるよりも先に、俺は肩を見せつけるように倒れこんで、呻き声をあげた。その姿を見た同乗の捕虜たちは奇妙な目を向ける。当然だ。さっきまで黙っていた謎の男がいきなり呻きだしては、頭が狂っていると思うだろう。



 しかし、実際はどうなのだろう。俺は、狂っているのだろうか。



 「なんだ貴様。やかましいぞ。……うっ」



 かかったな。俺の傷口を見て、男は口元を隠し目を逸らした。



 「い、痛くて仕方ないんです。あなたたちがこうしたのに、騒ぐなだなんてあんまりです……」



 わき目も振れず演技をかまして言い訳をすると、男は血の臭いを嗅いでから吐き気を催したようで、「腐る前に切り落とさねば」と言ってカーテンを閉めた。



 「行かないでくださいよ!」



 しかし、その言葉はシカトされ、馬車は走りだした。



 「あ、あんた。大丈夫か?」



 先ほどとは別の若い男がそう言った。彼らはこの臭いを嗅ぎ慣れているのだろうか。言及はされない。しかし演技はそこまで迫真だっただろうか。もしやり直せるのなら、役者を目指すのがいいかもしれない。



 「大丈夫だ。かなり痛むが死んでる場合じゃない」



 右手のみで立ち上がると、口と右手を使って再び傷を縛り、俺は壁に寄りかかった。せき止められていた血が垂れて、馬車の床に落ちる。



 二人には、俺のやることにリアクションを取らないでくれと頼んでいる。チラとその表情を見ると、目を合わせないように明後日の方向を向いていた。



 「しかし、その傷……というより、本当に肉と皮で辛うじて繋がってる程度だ」



 「いいんだ。それより、あんたたちに頼みたいことがある」



 「頼みたいこと?」



 男は俺の傷を見て、「俺たちは魔法は使えない」と言った。



 「違う。……どうせ、このままじゃ俺たちは奴隷になっちまう。そうすれば、朝から晩まで力仕事させられて、ろくに飯も食えないで、最後にはゴミみたいに捨てられっちまうんだ。いや、それならまだマシか。利用価値のない俺みたいな奴は、グールに引き渡されちまう」



 言うと、男は小さく震えた。



 「それなら、そんな人生送るくらいなら、ここでいっちょ反乱を起こしてみないか?奴らは、俺たちが抵抗しないで黙っているから、支配した気になってるんだ。だから、そんな支配者気取りの連中にほえ面かかせてやろうじゃないか」



 「む、無理だ。そんな恐ろしいこと、出来るはずがない」



 彼が言うと、それに続くように最初に「血の匂い」と言った男が口を開いた。



 「俺たちの村は、農夫しかいない平和な場所だったんだ。そんなところで育った人間が、戦う事なんてできるわけがないだろう?それに、そうできていたのなら、ここにはいないよ」



 彼らは首から下げている何かの紋章のペンダントを握ると、俯いてしまった。



 「あんた、子供はいるか?」



 「……あぁ、娘がいる。恐らく、妻と一緒に別の馬車に乗っているはずだ」



 「あんたは?」



 ずっと俯いていた奴に声をかける。初老の女だ。



 「息子が。ちょうど、あなたと同じくらいのね」



 彼女は泣きだしてしまった。



 「しかし、あの子は山賊に歯向かったばっかりに。うっ……うっ……」



 流れる涙を拭って、下を向いてしまう。そんな彼女の姿を見て、男たちはおろかクラリスとリーシェまでもが俯いてしまった。



 「ばあさん。俺があんたの息子の意思を継ぐ。それにあんたの娘もだ。俺たちで守ってやるんだよ」



 「な……。だってあんた、そんな体で」



 しかし、俺はその言葉に返事をしない。



 「……突破口を作ってやる」



 「何?」



 馬車が止まる。



 「俺は生き延びる。何としてでも生き延びてやる。絶対に、絶対に生き残ってやる。そのために、俺が奴らと戦うから。だからどうか、力を貸してくれ」



 膝をついて、頭を下げた。



 「し……しかし、何をすれば」



 「暴れてくれ。さっきのいざこざのおかげで、俺たちを牢まで運ぶ奴は少ないはずだ。だから更に人が減ったのを見計らって、俺が看守を二人は殺す。その隙をついて、みんなで暴れるんだ。手錠は緩い。数で掛かれば山賊の一人や二人、あんたたちでもぶち殺せる」



 「みんなを扇動しろ、という事か?」



 「そうだ。本丸に城に入って、地下牢へ向かう長い階段がある。そこで、事を起こす」



 「どうしてそれを知っているんだ?」



 「前に一回、来てるからだよ。あんた、名前は?」



 どうして戻ってきたのだろうと思ったのかもしれないが、彼はそんなことを口にはしなかった。



 「……タイラーだ」



 「タイラーか。それじゃあ、信じてるぜ」



 言うと、馬車のテントが開かれて、山賊の男が「降りろ」と言った。



 一度首輪を外すようだ。合理的な理由は思いつかないが、山賊同士の話を聞くに捕虜の後の査定の為にそうするらしい。前回とは扱いが違うが、手間が一つ省けて助かる。



 リーシェの首輪の鎖が千切れているのを見て首輪を解く男が理由を聞いたが、リーシェが喋れないのを知るとそれを気にも止めない様子で次の捕虜の首輪を解く作業に移った。どうやらこの組織、バーンドゥの見ていない場所では徹底的に手を抜いているらしい。山賊とは、その程度か。……それとも、頭に何か理由があるのだろうか。



 俺は履いていた靴の中に手を入れると、靴を履き直してその男の後ろをついていく。それに続いてリーシェや初老の女とタイラー。最後に、クラリスに手を貸す若い男が続いた。



 本丸に入って北へ。作戦の時は、近い。

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